オノ・ヨーコさんを「真に祝福」 英ロンドンで回顧展
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【2月17日 AFP】オノ・ヨーコ(Yoko Ono)さんは世界で最も有名なアーティストの一人で、多くの人がその名前を知っている。しかし、1980年に死去した夫のジョン・レノン(John Lennon)さんは生前、アーティストとしての「オノ・ヨーコ」は軽んじられていると言及したことがある。 英ロンドンの現代美術館「テート・モダン(Tate Modern)」で今週、オノさんの回顧展「YOKO ONO: MUSIC OF THE MIND」が始まった。18日に91歳の誕生日を迎えるコンセプチュアルアーティストがアート界に与えた影響を再検証する試みだ。 9月1日まで開催される同展では、さまざまなアプローチで制作された、アーティストとしてよりもロックバンド「ビートルズ(The Beatles)」のメンバーの妻としてより広く知られている、一人の美術作家の作品がずらりと並ぶ。 「この回顧展は作家としてのオノ・ヨーコを真に祝福するものだ」と、キュレーターの一人、アンドリュー・ドブランさんはAFPに語る。「ジョン・レノンは確かに重要なコラボレーターだったが、私たちはオノ・ヨーコのアートを見せられることに喜びを感じる」 ■作品数200点 回顧展では約70年にわたって活動を続けてきたオノさんのキャリアを振り返る。展示される約200点の作品には、インスタレーション、オブジェ、ビデオ、写真、彫刻の他、パフォーマンスや楽曲のドキュメントなども含まれる。 「YOKO ONO: MUSIC OF THE MIND」は、これまでに英国で開催されたオノさんの展覧会としては、最も充実した内容となっているという。 ドブランさんは、同展では「現代のアートと文化にとって、オノ・ヨーコがいかに重要であるかを認識」しているとし、作品の展示を通じてオノさんが持つ影響力の再確認に寄与できると考えていると話す。 「新しい世代の来場者にオノ・ヨーコの活動主義や平和への働き掛けを見てもらうことができる」 1950年代の米ニューヨークでの作品発表以降、オノさんは常にコンセプチュアリズムの代表的存在だった。コンセプチュアリズムでは、作品の物質・形態的な側面よりも作家の思考やアイデアといった観念面がより重視される。 回顧展には、大きな議論を引き起こした作品も複数展示される。「Cut Piece」として知られる作品もその一つ。最初に日本、そして1965年にニューヨークのカーネギー・ホール(Carnegie Hall)で発表されたこの作品では、ステージに立つオノさんの衣服を観客が代わる代わるハサミで切り取っていく。実社会における女性への暴力を再認識させることを意図した作品だ。 1970年のビートルズ解散の原因として数十年にわたって非難され続けたオノさん。「YOKO ONO: MUSIC OF THE MIND」は、長年にわたるオノさんの活動の正当性を訴えているかのようだ。 ■ジョン・レノンとの出会い オノさんは、ロンドンのインディカ・ギャラリー(Indica Gallery)で1967年に発表されたコンセプチュアル作品「Ceiling Painting」をきっかけに、レノンさんと出会った。 ギャラリー内に置かれたはしごを登り、用意された虫眼鏡で天井に書かれた文字を見るという作品で、天井には「yes」と書かれていた。レノンさんもはしごを上って文字を読み、作品に魅了された。 ハンマーを使って白い板にくぎを打つよう観客を促すかのように展示された「Painting to Hammer a Nail」では、「ある一人の男性がくぎを打ってもいいかと質問してきた」とオノさんは振り返る。 「5シリングを払えばいいですよと言ったら、5シリングを払う代わりに想像でくぎを打ってもいいかと聞いてきた。それがジョン・レノンだった」 1969年に2人は結婚。1980年にニューヨークでレノンさんが40歳で殺害されるまで共に過ごした。 出会ってからの13年間で、2人は6枚のアルバムをリリースした他、実験的音楽、短編フィルム、パフォーマンス、インスタレーション作品なども手掛けた。 レノンさんが死去する前に収録されていた「ダブルファンタジー(Double Fantasy)」(1980)は、1981年のグラミー賞(Grammy Awards)で最優秀アルバム賞を受賞している。 2013年のインタビューでオノさんは「音楽を聴くと体が動き出す」と語っている。「それが私。それが私の体。子供の頃もそうだった」 映像は13日撮影。(c)AFPBB News