妻でママで船長。商船三井初の女性船長、「周りの人が必ず助けてくれる」
国内の総合海運会社で初めて、女性の船長として乗船した商船三井の松下尚美さん。任命時にはニュース配信サービスなどでも報じられ、注目を浴びた。松下さんは「女性が明るく働いて、キャリアを築ける環境だと知ってもらえる機会」と話す。「安全に船を運航して貨物を届けるという、シンプルな目標を全員が共有している。各自がきちんと仕事をして、それをお互いに認め合う。性別だけではなく、さまざまな考え方を受け入れ合って、チームワークを築き上げることができる」と多様性を生かすことができる船員の仕事に誇りを持つ。 今年6月から、自動車運搬船「Beluga Ace」の船長を務めた。ジュベルアリ(アラブ首長国連邦〈UAE〉ドバイ)から、モンバサ(ケニア)、ダルエスサラーム(タンザニア)、ルアンダ(アンゴラ)などに寄港し、アビジャン(コートジボワール)まで安全に貨物を届けた。 荷役の時間が読みにくい港があったり、貨物の事情で寄港先を変更する必要があったりする難しい航路だ。「特にこの船は『フレキシーシリーズ』で車両を積載する自由度が高く、空きがあれば積んでまた降ろしてというパターンがとても柔軟に行える。次航海でどこに行くのか決まっていないのが自動車船の醍醐味(だいごみ)」と仕事の魅力を語る。 航路にはモンスーン(季節風)による荒天が起きやすいエリアや、周辺情勢が不安定な中東のホルムズ海峡があった。 陸上のオペレーターらから気象情報や航行警報など安全運航のためのサポートは受けられるが、気象・海象状況を鑑みフルスピードで進むか、航路を変更するかなど、決めるのは自分だ。「情報を基に、さらに実際に目の前で起きていることをよく見て判断する。安全と効率を両立する『最善の判断ができているのか』と常に考えていた」と重責を振り返る。 下船後の休暇を終え、9月から陸上勤務に就いた。2022年に全社的な船員政策の取り組みをリードするために設置されたグローバルマリタイムリソーシズディビジョンで、船員政策や船員のマネジメントを手掛けるチームのリーダーを務める。 以前は自動車船、バルカー、タンカー、LNG(液化天然ガス)船などに分かれていた船員政策を総合的に考えることで、よりパフォーマンスの高い船員プールの構築や船舶管理会社との連携強化を実現する。「これまでの経験を生かして、一人一人が持ち場で力を発揮できるような環境を整えたい」とやりがいを語る。 船乗りになりたいと思ったのは中学生の頃。「世界青年の船」に参加し、さまざまな国の外国人船員らがきびきびと働く様子に衝撃を受けた。「まさに多様性。私もここで働いてみたい」と船員を志すようになった。 大学を卒業した当時は、まだ外航海運会社では女性船員の採用は一般的ではなかった。内航会社などで乗船経験を積みながら就職活動を続け、06年に商船三井に入社した。 キャリアを着実に積み上げると同時に、家庭を築き、2度の産休・育休を取得。機関長の夫と乗船期間などを調整し、数カ月に及ぶ海上勤務や、海外出張をこなしてきた。「職場と家族の理解があるから続けられる。船では共同生活。1人ではない。一生懸命取り組めば、周りの人が必ず助けてくれる」 乗船中は、朝日が昇り、海が輝き始めるひとときを楽しみにしている。これから乗船してみたい船として、新燃料の環境対応船を挙げた。「新しい船ができて、航海技術も発展して、どんどん変わっていくことが本当に楽しみ」と意気込みを語る。
日本海事新聞社