「007」新作製作に暗雲 伝統とデジタルの対立
世界的人気を誇るスパイアクション・シリーズ「007」の未来が、かつてない岐路に立たされている。2021年10月公開の「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」以降、シリーズ製作を取り巻く環境が大きく変化し、次回作の見通しが立たない異例の事態が続いている。 米ウォールストリート・ジャーナルは、その事情を「ジェームズ・ボンドはどこ? アマゾンとの醜い膠着に囚われて」と題した記事で解説している。 背景には、2022年にアマゾンがメトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を65億ドル(約9400億円)で買収して以降、製作権を持つブロッコリ家との関係が事実上の決裂状態に陥っているという事情がある。 シリーズを統括するバーバラ・ブロッコリは友人らにアマゾンへの不信感を露わにしている。問題の核心は、映画館と直感を重視する伝統的な映画製作のアプローチと、データとアルゴリズムに依存するシリコンバレー流のエンタテインメント戦略との衝突にあると、関係者は指摘する。 ブロッコリ家は1962年の「007 ドクター・ノオ」以来、映画化権を保持し続けており、新作の企画、脚本、キャスティングなどすべてのクリエイティブ面での最終決定権を持っている。アマゾンは買収時、007シリーズをストリーミング配信「プライム・ビデオ」の目玉コンテンツとして期待。テレビシリーズやスピンオフ作品の製作も構想していた。 しかし、ブロッコリは007を単なる「コンテンツ」と呼ぶアマゾン幹部の姿勢に強い反発を示し、テレビシリーズ化やビデオゲーム化の提案を退けている。次期ボンド役の起用についても、アマゾンがデータに基づく知名度重視の人選を望むのに対し、ブロッコリは直感を重視。前任のダニエル・クレイグも、起用当時は無名に近い俳優だった。 両者の対立は、リアリティ番組「007 クイズ!100万ポンドへの道」の制作でも表面化した。ブロッコリは映画並みの宣伝展開を求めたが、アマゾンはアルゴリズムによる視聴者への番組推奨を重視。その結果、視聴者の多くが6分で離脱する結果となったという。 「一時的な立場の人間に永続的な決定をさせてはいけない」 ブロッコリは父親の言葉を引用しながら、アマゾンとの協力に慎重な姿勢を崩していない。もっとも、シリーズが長期間、空白期間を経験するのは今回が初めてではない。1989年の「消されたライセンス」と1995年の「ゴールデンアイ」の間には6年の空白があった。冷戦終結後の世界でボンドをどう描くか、ティモシー・ダルトンの後任を誰にするか、ブロッコリ家は時間をかけて決断を下している。 昨年11月、名誉アカデミー賞を受賞したブロッコリ家を祝福するスピーチで、ダニエル・クレイグはこう語った。 「多くの人々や組織がボンドに自分たちの足跡を残そうとしてきた。しかし、ブロッコリ家は21世紀にボンドを進化させながらも、揺るぎないビジョンを守り続けた」 この膠着状態が続く限り、世界的人気を誇る007シリーズの新作は、当分お預けとなりそうだ。