歌舞伎の起源は「ストリップ」⁉…伝説の踊り子を崇拝した俳優が語る、「権力」と「わいせつ芸」の意外な関係
法の網を搔い潜る
一条は私との会話のなかで、「小沢昭一さんにも力になってもらいました」と語っていた。しかし、小沢は裁判にはかかわっていない。意識的に距離を置いていた。その理由を私が直接確認すると、彼は芸能の成り立ちに絡めて持論を展開した。 「歌舞伎の出始めを考えますと、出雲の阿国というのも一種のストリップ的なことで出現しているわけです。それが幾多の取り締まりを受けて、今日の素晴らしい歌舞伎芸術に進展していった。おカミ、つまり官憲の取り締まりが芸能を前に進めている。いわば、官憲とわいせつ芸というのは手を携えて芸術を成長させていると私は見るんです」 出雲の阿国は、16世紀終わりから17世紀にかけて、京都で念仏踊りを興行した女性で、歌舞伎の祖とされる。この念仏踊りから歌舞伎への発展の過程には、おカミの取り締まりが不可欠であったと小沢は考えていた。 「だから取り締まりに対して闘うというよりも、法の網を掻い潜るということが芸能人としてしたたかな生き方なんではなかろうかというふうに思い、発言もしておりました。そういう立場の者が出ていった場合、一条さんのプラスにならないだろうと思ったものですから裁判には関係しないほうがいいと思いました」 小沢の考えでは、長い目で見た場合、権力による取り締まりは芸能にとって一概にマイナスとは言えない。うまく対応していくことで、芸能が洗練されていく面がある。確かに、そうした考えを公判で開陳した場合、一条にとって有利にはならないだろう。 ただ、小沢はこのころ、あちこちで一条の芸を素晴らしいと褒めちぎっていた。こうしたことから一条は、小沢に対して「自分を助けてくれている」と感じていたようだ。 『逮捕された途端に劇場の態度が急変…伝説のストリッパーが「自分は利用されていた」と気づくまで』へ続く
小倉 孝保(ノンフィクション作家)