「古里に恩返ししたい」と語る木村毬乃さん

　8月に和歌山県で行われたフェンシングの国民スポーツ大会（国スポ）近畿ブロック予選で、成年女子の滋賀が6府県中2位で本大会への切符をつかんだ。成年女子にとって本大会は近年届かなかった大舞台。そのチームを最年長の立場で引っ張ったのが、湖国出身の木村毬乃さん（31）=東京都板橋区=だ。 　サーブル種目の日本代表として長く海外を転戦し、今夏のパリ五輪も代表の座を最後まで目指した。五輪は逃したが、新たな立ち位置で「古里に恩返しを」と突き進んでいる。 　近畿予選前の7月、自身のSNSで引退を宣言し、選手生活に区切りを付けた。一方で地元開催となる来年の国スポに向けて強化を図る古里に請われ、滋賀に加わった。長くトップ選手だったが日本代表活動が中心だったため、古里の代表入りは初めて。「練習不足で『貯金』しかないけど、大好きな古里の力になれるなら」と強い思いを抱く。 　元選手の両親を持ち、石山高に進んで本格的に競技を始めた。3年で全国高校総体準優勝と才能を開花させ、卒業後は強豪の法政大に進んだ。 　だが相次ぐけがに見舞われた。大学2年で膝の前十字靱帯（じんたい）を断裂する大けがも経験した。困難な局面ほど正面から向き合い、4年で全日本学生選手権優勝も果たした。「転んでは起きて、また転び。その繰り返しでした」としみじみ言う。 　昨年から、競技生活と並行して全国の学校を訪ねて競技の魅力を伝える活動を続けてきた。フェンシングは剣を手に相手と対峙（たいじ）し、一瞬たりとも気を抜けない競技。「考えるよりも感じることが大切。剣と友だちになって一緒に戦う感覚。感じるままに自由に動く楽しさを伝えたい」と話す。 　その授業は笑顔があふれる。選手時代の失敗談や苦い経験を、笑いを交えて紹介する。自認する役割は「モチベーショナルスピーカー」。常に前向きに語りかけつつ、子どもたちと一緒に体を動かす。「遠回りばかりだった私の経験が少しでも参考になれば」と心から願う。 　今月20日は石川県珠洲市の小学校を訪ねた。1月の地震で被災した児童らと交流しつつ、「何度でも必ず再生できるんだよ」と声をかけた。その翌日、能登を襲った豪雨に遭遇した。濁流の中でタクシーがパンクし、ヒッチハイクで何とか空港にたどり着いた。 　翌朝、混乱の中にあるはずの小学校から御礼の連絡が届いた。「逆に励まされてしまった。こんな試練がまた能登を襲うなんて…」と受け止めつつ、「必ずまた能登に行く。みんなを元気づけたい。それが私の使命」と、湧き上がる思いに突き動かされている。