津波避難の第一歩とは──南海トラフなどの巨大地震に備えて
ある高齢者が、自分から歩くようになった
すでに100人近くが訓練に協力くださり、「動画カルテ」ができあがっている。いろいろな発見があったが、中でもうれしかったのは、ある高齢者のケースである。この方は、「薬をもらいに行くときくらいしか外には出なかった」ので、実際歩くのが辛そうで、津波がやってくる直前に何とか高台にたどり着く感じだった。しかし、この訓練をきっかけにして散歩などに出かけるようになり、歩くスピードも目に見えて速くなった。また、この方以外にも、「もう一度時間を計ってみる」と再挑戦してくださった高齢者の方もいる。 「個別避難訓練タイムトライアル」を実行してみて、単純素朴なことかもしれないが、こうした方が増えることが津波避難対策の第一歩だと感じた。そもそも、自分で歩けることは、津波の話は脇に置いたとしてもすばらしいことだ。津波のためだけに何かをしろと言われては億劫な人でも、健康のためにもなると説得されれば少しは気が楽になるだろう。 自分(だけ)で避難できる体力をつけておくこと-業界用語を使って言いかえれば、「災害時要援護者」の数を減らすこと-は、もちろんその人の命を守ってくれる。加えて、その人が逃げ遅れた場合には助けに行くだろう人(たち)の命を救うことにもなる。 津波対策には、防潮堤や避難タワーなどの施設整備も欠かせない。緊急の情報を届ける情報システムも大切だ。しかし、一人ひとりがしっかり歩くことも、それに勝るとも劣らない効果的な津波対策である。 (矢守克也/NPO法人日本災害救援ボランティアネットワーク理事) ■矢守克也(やもり・かつや) 京都大学防災研究所巨大災害研究センター教授。同阿武山観測所教授、人と防災未来センター上級研究員などを兼務。博士(人間科学)。専門は防災心理学。著書に「巨大災害のリスク・コミュニケーション」など。開発した防災教材や訓練手法に「クロスロード」、「個別避難訓練タイムトライアル」など。