米セントルイス・バレエ団芸術監督の堀内元 垣根越えてバレエを変える「先入観なしで、とにかく来てください」 16歳でNYへ渡米
■小澤征爾氏に感化 16歳でNYへ飛ぶ バレエというと、どうしても敷居が高く感じるが、「先入観なしで、とにかく来てください。それで音楽を楽しんでもいいし、あっ、この照明がきれいだなと思ってもらってもいいです」と、柔らかい笑顔で語りかけられると、劇場の重い扉がスッと開きそうだ。 「バレエと言うと、トゥシューズを履いて男性が女性を持ち上げたりという基本的な動きはあります。トレーニングを積んだバレリーナがスニーカーでヒップホップを踊ればストリートの女の子たちとやっぱり動きが違うでしょう。面白い動きができる。そうやって垣根を越えて行けるような気がするんです」 世界のバレエを変えてきた気鋭のダンサーが勇躍、日本を飛び出し渡米したのは16歳のとき。 「中学生になって、小澤征爾さんの本(『ボクの音楽武者修行』)で、貨物船に乗りフランスに渡るストーリーを読んで、こうやって世界に渡っている人がいるんだと。高校生になったらニューヨークで勉強したいと思いたちました」 その行動力でも突破できない苦労が待ち受けていただろうが、「ニューヨークの街には、新しいものを受け入れる気風がありました。東洋人がバレエをやるっていう物珍しさだけでなく、しっかりしたものを持っていることをアピールしたかった」と奮闘。ニューヨーク・シティ・バレエ団を設立したロシア出身のジョージ・バランシンに認められ、プリンシパルに昇り詰める。 ジャンルを越えて、ブロードウェーミュージカルでも活躍、35歳でセントルイス・バレエの芸術監督を任され、米中西部有数のバレエ団に押し上げた。 「早ければ早いほど、失敗も許してくれるだろうと。でもセントルイスは当時、まだ小さなバレエ団でお客さんもバレエを理解していなくて、経済的にも大変でしたね」 ダンサーも客も育てながら、団の財政基盤を整えるのに10年、20年と腰をすえたという。 「アメリカの場合は政府からの援助はほとんどないのですが、企業や個人が芸術に寄付しやすい税制になっています。あなたたちでやりなさい、ということです」 ■100万円どう使う パトロンに試される