本場スペインへの登竜門、バレンシアCFアカデミーエリートキャンプにU15代表の高裕徳ら参加
リーガ・エスパニョーラ。どこか甘美な響きがある。 レアル・マドリード入りを実現させたキリアン・エムバペ(フランス)は、移籍が発表された際に自らの少年時代にクラブを訪問した時に撮った写真をアップした。 日本でもスペインへの憧れは根強く、実際に多くの10代選手が短期留学などで現地へと渡っている。そんな中、自らの手で「スペインリーガーを出したい」と本気で語り、活動している人物がいる。 バレンシアCF(VCF)アカデミージャパン代表の中谷吉男さん(53)。金沢と和歌山の2拠点で本家バレンシアの公式スクールを運営している。 ■欧州最高位ライセンス持つ中谷吉男代表 中谷さんは立命館大時代に関西リーグで活躍。Jリーグクラブから勧誘を受けたほどの有望選手だったが、あえて大手テレビ局への就職を選択した。しかし取材活動を通して再びサッカーへの強い思いが首をもたげて退社。 憧れのスペインに渡り、UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)プロとRFEF(スペインサッカー連盟)プロという最高位の指導者ライセンスを取得したという異色の経歴の持ち主だ。 マジョルカ、ヘタフェで中学生年代のコーチを務めた後に、日本に戻ってセレッソ大阪で指導。U-18監督時代の教え子には山口蛍、扇原貴宏(ともにヴィッセル神戸所属)らがおり、全日本クラブユース優勝という輝かしい実績もある。 2010年からバレンシアCFアカデミーを始め、スペインからコーチを招き、国内でサマーキャンプを実施したり、本場スペインへの遠征も重ねている。 過去には4選手をスペイン本国のバレンシアCFへ送り、ジュニアユースまで昇格させた。ただプロになる最終段階で高い壁に阻まれている。 現在は国際サッカー連盟(FIFA)の規定で18歳未満の選手の海外移籍は原則禁止となっている。バルセロナのアカデミーに在籍した久保が帰国を余儀なくされたのはまだ記憶に新しい。 規制前のように小中学生の年代でスペインのクラブに移籍することはできない。そこで現地合宿でスタッフがチェックする「バレンシアCFアカデミーエリートキャンプ」を実施している。 今年も6月23日から1週間の日程で、バレンシアが世界各国に展開するクラブ直結の育成組織からU-16世代(08~09年生まれ)のベストプレーヤーを拠点とするトレーニングセンターに集めて合宿する。 これは各国のVCFアカデミーの推薦と本国バレンシアの承認を得た者が対象となる。そこに2人の日本人選手が名前を連ねた。 高裕徳(たか・ゆうと、群馬・桐生第一1年)と南悠成(和歌山・バレンシアCFアカデミー和歌山U-15=中学3年)。中でも高選手は2年連続での参加で、昨年はU-15日本代表にも選出されている注目のストライカーだ。 ■石川・セブン能登から桐生第一へ 高は、VCFアカデミー金沢を運営している石川・セブン能登というクラブで小学生から中学生まで過ごした。VCFアカデミー・ジャパンのサポートのもと11歳でスペインへの短期留学を経験し、着実に成長。昨年の北信越リーグではJアカデミーら並み居る強豪と互角に渡り合い、チームは5位に入った。 個人としてもU-15日本代表に選出され、中国で行われた東アジアU-15選手権で5試合に出場し、8得点と大活躍している。 中谷さんは「野性味のあるストライカー。スピードもあって、何より負けん気が強い。プロ向きの性格です」と言う。昨年のエリートキャンプでも高い評価を得たという。 この1週間のキャンプでは、スペインサッカーの肝となるプレーのリズム感、判断スピード、その中で最良のプレーを常に選択するということが求められる。それと同時に選手としての立ち居振る舞い、表現力も見られている。 「エリートキャンプとかそういう場に出ていって、物おじしないというのが大事。私も何人も見てきましたが、日本ではすごい頑張っているのに、外国人の中に入っていくと小さくなってしまう選手が多い。だから堂々と振る舞えるかどうか。彼は日本に帰ってくるたびにそういう部分が付いてきているし、それが自信になっているのが見える。経験が血となり肉となっている」 ■欧州で高く評価される育成メソッド ところでバレンシアとはどういうクラブなのか、少し触れておきたい。 1919年に創設され、スペイン1部リーグで優勝6回を誇る。アカデミーからヨーロッパ5大リーグに輩出しているエリートプレーヤー数は常に最上位グループに入り(2023年はヨーロッパ第4位)、その育成メソッドは高く評価されている。 そのスタイルは「もちろん技術、戦術というのはありますが、やはり一番は“闘う”というところに根本を置き、伝統的にしっかり守ってカウンターを大事にしている。バレンシアも名門ですけど、バルセロナ、レアル・マドリード、アトレチコ・マドリードというメガクラブに対してファイトしていく。そこがないと、どうしても技術、戦術では不利になってくる。食らい付いて速い攻撃というチームスタイル、コンセプトを誇りに持っています」 そして高に加えもう1人の参加者、中学3年の南についても少し触れておこう。 2月にVCFアカデミージャパンの合同チームでスペイン遠征を行ったところ、現地スタッフの目に留まった。 スピード豊かなサイドアタッカーで打開力がある。「今年のエリートキャンプに是非呼んでほしい」と中谷さんに連絡が入り、参加することになった。 「どこにチャンスがあるか分からないという典型です」。これがスペインのクラブ直結の育成組織ゆえの魅力だろう。 この1週間のエリートキャンプの出来は、未来に直結してくる。世代別の代表にも選出されている高については、スペインでプロになるという目標が明確のようだ。 「今年のキャンプもしっかりアピールしておいで、と本人には言っています」。中谷さんはそう言って背中を押している。 ■国内サマーキャンプから選手を追跡 VCFアカデミージャパンは毎年、小学生、中学生に向けて国内でサマーキャンプを実施している。 そこにバレンシアからコーチを来日し、指導を担当している。気になる「原石」がいれば、その後も中谷さんを通じて追跡調査がなされ、バレンシアの本部に映像などの情報がもたらされるのだという。 今年も7月下旬から和歌山、石川、富山で計画されており、スクール会員以外からも幅広く参加を受け付けている。それは未来へと続くスペインへの入り口でもある。 ■SNSでなくグラウンドで自己表現 長年、日本の育成年代を指導している中谷さんはこんなことも口にした。 「全体的に今の子はおとなしいように思います。やっぱり自分を表現する手段みたいなものが、今はSNS全盛の時代で、そういうアプリとか使って自分をアピールしようとしているんですけど。じゃあグラウンドの上でってなった時に、どうやって他の人との違いを見せつけるか? って言ったら私はエネルギーじゃないかと思う。もう体からにじみ出てくる、やってやろうという。悪く言ったらエゴイスタです。でもサッカーのグラウンドで何かを成し遂げようとしたら、多少そういう要素がないといけないと思う。私はグラウンドの上ではエゴは出してほしいなと思います」 サッカーの普及が進み、ボール扱いなどの技術はこの30年で飛躍的な進歩を遂げた。 一方で判で押したような一律的な選手が多くなったという声も聞かれる。 動画を見ればノウハウが簡単に手に入れられ、すべてがトレンドとして消費される。より上へ行こう、さらに海外へ飛び出そうと考えれば、うわべの技術、戦術だけでなくマインドや人間力という包括的なものまで求められてくる。 つまり育成年代ではさまざまな場に足を踏み入れ、体験をすることが大事だ。見たもの、感じたものが血となり肉となる。 情熱の国スペイン。甘美で華やかなリーガ・エスパニョーラの根底には普遍のガッツが横たわっている。 少年よ、大志を抱け。そして熱く挑め-。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)