「そんなことやって何になるんだ」家族の反対を押し切ってプロ宣言 女子ボクサー・藤原茜はなぜアラフォーになっても闘い続けるのか
プロボクサー・藤原茜インタビュー(後編) ◆前編:ボクシングも格闘技も好きじゃなかった27歳女子がリングに上がったワケ>> 2017年12月、藤原茜のプロデビュー戦。この日は同門の元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者、"ノックアウト・ダイナマイト"の異名を誇った内山高志の引退記念パーティーの日だった。 【画像】「美しきファイター」藤原茜 フォトギャラリー 試合前、パーティーに参加できないこととデビュー戦への意気込みを、彼女は内山に伝える。 「応援団が大勢来てくれます。その人たちのためにも頑張って勝ってきます」 内山から返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。 「それは違う。闘うのはおまえだ。誰かのためじゃない。おまえはおまえのために闘うんだ」――。 彼女は自身のことを「私、持ってる」と言う。 「私が今いる環境って、望んで得られる環境じゃない。内山高志という偉大なチャンピオンがいて、当たり前のように何人もの世界チャンピオンと同じ場所で練習できる。 先輩も後輩も『姉さん、こうしたらいいですよ』って、惜しみなくアドバイスをしてくれる人ばかり。ボクサーとしても、人としても、カッコいい人ばかりなんです。数多あるボクシングジムのなかでも、このジムに、このタイミングで所属できた私、持ってます(笑)」 思い出す学生時代の風景がある。 「特に女子はグループで行動しがちですよね。楽しいことも、もちろんたくさんありました。でも、ふとした瞬間、『なんで今、みんな笑ってるんだろう?』みたいな違和感が時々あって。楽しいフリをして、周囲と一緒に笑ったり、無難に過ごしていたんです。 でも、ワタナベジムに入って、本気で笑っている自分がいることに気づきました」
もちろん、楽しいことばかりではないはずだ。プロの世界は厳しい。ボクサーである以上、減量もある。こんな時代に何かを犠牲にしなければ、リングに立つことすら許されないのがボクサーのはずだ。 「何かを我慢したり、何かを犠牲にしてリングに立っているとは思えないです。練習するのも、減量するのも、試合のため。何かを捨てているというより、何かを追いかけている気がします。 それに私、減量好きなんです。体重が落ちていくのは、女子的にもうれしい(笑)。『痩せたら可愛くなるなぁ』とか、『めっちゃ腹筋割れてて、くびれててカッコいい!』みたいな」 ジムメイトから「姉さん」と呼ばれる彼女だが、その呼称とは似つかず、泣き虫だ。そのハートは、固形ですらなく液体。「私、豆腐どころか、豆乳メンタルなんです」と彼女は笑う。 もはや試合前の控え室で泣くのが恒例。泣きながらアップのミットを打ち、リングインのわずか5分前まで泣いている。 「いまだに涙のわけがわからないんです。緊張のせいかもしれないし、もしかしたら怖いのかもしれない。やってきたことが出せるか。やっぱり自分に期待してるから」 プロになると宣言した時、彼女の父親は「そんなことやって何になるんだ」とぶっきらぼうに言った。ただ、出場する試合はすべて会場を訪れ、リングインの際は花道の先頭で声を枯らしながら、娘をリングに送り出す。 どうせ会場に来るならと、彼女がチケットのもぎりを頼むと「なんで俺がそんなこと」と毎度愚痴をこぼす。 最初は娘の試合前によく泣いていた母は、今では涙を見せない。「娘がボクシングをすることをどう思ってるの?」とよく聞かれるが、そのつどこう答える。 「この歳になっても、娘の成長を見られたり、応援できたり、役に立てるのがうれしい」 彼女がボクシングを始めてから、10年の月日が経とうとしている。 その間、日本女子フェザー級王座、WBO女子アジアパシフィックスーパーバンタム級王座、OPBF東洋太平洋女子スーパーバンタム級王座、3度ベルトを巻くチャンスがあった。しかし、3度とも失敗。 「ボクシングを辞めようと思ったことはないけど、昨年3度目の挑戦で判定負けした時は、『ヤバッ。一生ベルト獲れないかも』って。3回もチャンスをいただけるって、なかなかないことなのに。 ただ、いつかベルトを獲れれば、重ねた失敗の数だけ笑い話に変わるって信じてます。自分の人生の物語は、自分で描かないと」