「南京大虐殺」が世界記憶遺産登録 日本政府は何に対して抗議している?
日本政府「ユネスコが政治利用されないように」
世界遺産への登録申請は中国政府が2014年に行ないました。戦後69年が経過した時点でそのような申請を行なったのは、習近平政権が「南京大虐殺」をあらためて世界に訴え、将来にわたって人類の教訓としたいと考えたからでしょうが、背景には国内の引き締めなど政治的に利用しようという意図が隠されている可能性があります。 日本政府は、この事件については日中間に認識の相違があるので中国側だけの主張に基づく登録に反対し、また、中国政府に申請を取り下げるよう要請しました。それにもかかわらず、ユネスコは登録を決定したので、日本政府は、「日中間で見解の相違があるにもかかわらず、中国の一方的な主張に基づき申請されたものであり、完全性や真正性に問題があることは明らか」で、「記憶遺産として登録されたことは、中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾だ」として、ユネスコ事業が政治利用されることがないよう制度改革を求めていくことを、外務報道官の談話として発表しました。
ユネスコ拠出金「支払い停止」論は慎重に
一方、一部には、ユネスコに対する拠出金の支払いを再考すべきだという発言も出ています。菅官房長官は13日の記者会見で、「我が国の(ユネスコへの)分担金や拠出金について、支払いの停止等を含めてあらゆる見直しを検討していきたい」と述べました。「支払いの停止を求める」と断言していないことは救いであると読者は思われるかもしれませんが、具体的な案件についてのユネスコの判断を軽々に分担金などの支払いと結びつけてはなりません。 ユネスコが日本政府の主張を取り上げなかったことは、日本にとっては残念であり、また、承服できないことです。しかし、決定についての不服は、ユネスコの設立協定を含む国際法および国際慣習にのっとって主張しなければならなりません。そうしないと、日本はカネに物を言わせて主張を通そうとしていると非難を浴びる危険があります。 国際機関の振る舞いが問題だという理由で分担金を払わないなどと強い言葉を吐くのは日本国内の偏狭な愛国心に訴えることができても、国際社会では日本の国益を損ないます。各国の新聞は、供出金の支払いを停止すべきだという意見が日本で出ていることを盛んに報道しています。 外務報道官の談話はおおむね妥当ですが、最後の「制度改革を求めていく」には疑問を覚えます。「『南京大虐殺』を登録すること」と「制度に問題があること」がすぐにつながらないからです。もし、「南京大虐殺」の登録を認めた制度に問題があるのならば、日本側の「東寺百合文書」と「舞鶴への生還」の登録も同じ問題がある制度の下で決定されたことになり、ひいては登録自体にケチがつく恐れがあります。 この「制度改革」の問題はさておいて、今回の「南京大虐殺」については、日本としてはカネの話など一言もしないで、あくまでユネスコの決定の誤りを指摘し、是正を求める“正攻法”によるべきだと考えます。
■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹