『幽☆遊☆白書』蔵馬の“声”はなぜ衝撃を呼んだ? 緒方恵美にまつわるアニメ版の逸話
12月14日からNetflixで実写ドラマ版が配信される、『週刊少年ジャンプ』(集英社)のマンガ『幽☆遊☆白書』。同作は1992年から1995年にかけてTVアニメ版も放送されていたが、そこで大きな存在感を放っていたのが仲間キャラクターの1人、蔵馬だ。とくにその人気に火を付けたのは、唯一無二と言える“声”の力だった。 【写真】実写版! ローズウィップを放つ蔵馬(志尊淳) TVアニメ版で蔵馬の声優を担当したのは、緒方恵美。現在では『新世紀エヴァンゲリオン』碇シンジ役や『劇場版 呪術廻戦 0』乙骨憂太役などで知られるレジェンド声優の1人だが、当時はまだ駆け出しの新人声優だった。緒方は元々ミュージカル俳優として活動しており、蔵馬役が実質的な声優デビュー作だったからだ。 アニメの放送前からすでに人気作品だった『幽☆遊☆白書』のメインキャラクターに、新人声優の緒方が抜擢された理由については、自伝エッセイ『再生(仮)』(KADOKAWA)やインタビューなどで明かされている。アニメスタッフが蔵馬役の声優に「宝塚の男役」のような声質を求めていたため、その条件に合致する逸材として発掘された……という経緯だ。 好戦的で野性味のある登場人物が多い『幽☆遊☆白書』のなかで、やわらかい物腰で繊細な言動を見せる蔵馬は、異質な立ち位置のキャラクター。赤い髪に臙脂色の学ランという見た目、薔薇のムチを使った戦闘スタイルなども相まって、さながら貴公子のような雰囲気だった。繊細でありながらどこかトゲを隠したような緒方の声質は、たしかに蔵馬の役柄にこの上なくハマっている。 ただ、当時のアニメ業界では、幼い少年役を除けば男性キャラクターの声を女性声優が担当するのは異例中の異例であり、かなり珍しい出来事だった。そのため放送前に蔵馬役のキャストが女性だと発表された際には、出版社やテレビ局に対して、原作ファンからの抗議も届いていたそうだ。 しかし緒方はその声質と演技力をもって前評判をひっくり返し、圧倒的な熱狂をもって受け入れられることに。今では「蔵馬役はこの人しかありえない」と言われるほどのハマリ役として認知されている。 もちろん緒方は天性の才能だけで評価されたわけではなく、その裏には膨大な努力の蓄積があった。徹底的に身体を鍛え、筋肉をつけることで、より男性に近い声が出るように特訓したのだという。 ちなみに蔵馬役については、オーディション時にちょっとした珍事件が起きていたことも有名。募集要項を見た緒方は、“宝塚的な演技”が求められていると勘違いし、独特の抑揚を付けながらセリフを披露してしまったそう。当時のマネージャーにツッコミを受けた上、監督の阿部記之にも変な芝居だと思われていたが、声質がイメージにピッタリだったため無事採用に至ったとのことだ。 またアニメ『幽☆遊☆白書』のこぼれ話としては、ほかにも“声優変更”のエピソードが存在する。 蔵馬は人間としての姿とは別に、妖怪としての力を取り戻した「妖狐蔵馬」の姿をもつ。この妖狐蔵馬の声は、「暗黒武術会編」までは『ドラゴンボールZ』人造人間17号役、『新機動戦記ガンダムW』トロワ・バートン役などで有名な中原茂が担当していた。 しかし物語が進んで「魔界の扉編」に入ってからは、妖狐形態の声も緒方が演じるように。謎めいた声優交代だが、ここにはしっかりとした演出意図が存在していた。2014年3月に、緒方が自身のX(旧Twitter)で明かしたところによると、妖狐形態でも人間の心を持ったままであることを表現したいという監督の要望があり、物語後半の妖狐蔵馬は緒方が演じることになったようだ。 完全に妖怪に戻ったことを感じさせる「暗黒武術会編」の妖狐蔵馬と、姿は変わっても人間・南野秀一の心を保った「魔界の扉編」以降の妖狐蔵馬。イメージの違いを、あらためて聴き比べてみても面白いだろう。 そんな蔵馬役だが、Netflixの実写ドラマ版『幽☆遊☆白書』では、人気男性俳優の志尊淳がキャスティングされている。志尊はどこか中性的な魅力を醸し出すことに定評があり、2018年にはNHKドラマ『女子的生活』でトランスジェンダーの主人公を演じて話題になった。 もしかするとこの配役も、アニメ『幽☆遊☆白書』で緒方が定着させた蔵馬の中性的なイメージに影響を受けているのかもしれない。令和にどのような蔵馬が誕生するのか、今から放送が楽しみだ。
キットゥン希美