「赤ちゃんができたら終わりではない」 「精子バンク」女性マネジャーが家族とつながり続ける理由
世界では、「子どもの出自を知る権利」が重要であることが議論されている。精子バンクからの精子提供で子どもが生まれたとき、人々はどのような問題に直面するのだろうか。いまも当事者たちと交流を続けている伊藤ひろみさん(41)に聞いた(全3回のインタビュー3回目)。 【写真】ドナーの精子を凍結する様子 * * * ■千人以上と関わり100人以上が誕生 ―― 伊藤さんは2019年から今年1月まで、世界最大の精子バンク・クリオスの日本窓口ディレクターを務めていました。在任中に、どれくらいの人と関わりましたか。 伊藤 入社当初はメールや電話で寄せられる日本からのすべての問い合わせに、1人で対応していました。途中からカスタマーサービス担当が数人入社し、私は婚姻夫婦の面談と一部の未婚女性への対応を行いました。最終的にクリオスを利用しなかった人も含め、関わった女性の数という意味では、1000人は軽く超えています。国内での利用者数として公表されているのは、3年半で500人超。在籍した5年ではもっと多い人数です。 ―― クリオスを通じて、提供精子で生まれた子どもは、日本に何人くらいいるのでしょうか。 伊藤 3桁、とだけお伝えします。クリオスを通して、私がいなければ生まれることのなかったかもしれない命がたくさん生まれました。それは私にとっても、かけがえのない喜びでした。また、赤ちゃんを授かることができなかった夫婦や女性のことも忘れることはありません。そこでつながった人との関係に終わりはありません。 ■連絡を取り続ける理由 ――クリオスを辞めても、知り合った人たちとも連絡を取り続けているということですね。なぜでしょうか。 伊藤 はい、私から連絡を絶つことはありません。
■親が直面する悩みや壁がある 精子提供によって子どもが生まれた後も、たとえば子どもの出生について周囲の誰にどこまで話すべきかであったり、子どもが学校で精子提供のことを話してしまったらどうするかであったり、親となった人が直面する悩みや壁はたくさんあることが多いです。子どもへは「早期に告知しよう」と決めて治療を受けていても、出産していざ話すタイミングになると緊張してしまって、少しでも多くの具体例を改めて聞きたいというご夫婦もいます。 皆さんがクリオスを知るきっかけをつくったのは私ですから、私がやるしかないと思っています。 直近の1年で、当事者交流会の開催、「婚姻夫婦(無精子症を中心に、男性不妊やFtM〔女性の体で生まれてきたものの、男性として生きることを望む人〕も参加)のオンライン交流会」「出産済みのご夫婦のリアル交流会@東京」「シングル・同性カップルのオンライン交流会」を開催しました。そうして得たつながりは今後も維持していきます。Xの実名アカウントも残していますので、必要があれば当事者はいつでも私と連絡を取ることができます。 ■生殖補助医療は「できたら終わり」ではない 生殖補助医療は、他の医療と違って、「赤ちゃんができたら終わり」ではありません。たとえば、東北在住同士、同じ県に住む人同士など、居住地の近い当事者ファミリー同士を紹介し合ってつないだり、治療について悩んでいる人に、同じ悩みを解決した人や乗り越えたた人を個別に紹介したりしています。 5月中に、私と交流のある人に限ってですが、クリオスを利用して出産したご夫婦への現状調査も開始します。 たとえば、精子ドナーが外国人の場合、親が日本人の見た目でも「ハーフ?」と周囲から聞かれてしまうこともあります。そうしたときの対応や、告知の方法やタイミングなどについての経験を、当事者同士で共有する目的で行うアンケート・ヒアリングです。質問を、精子提供で生まれた自分の娘(8歳)に聞き、回答を皆さんに共有することもあります。