激務の投資ファンド社員が「台湾代表」に選出された舞台裏
アスリートでありながら投資家としても活躍している「アスリート投資家」たちに、自らの資産管理や投資経験を語ってもらう連載「アスリート投資家の流儀」。 今回は、コントラリアン(逆張り投資家)として5兆円を運用する英国の投資ファンド「オービス・インベストメンツ」の日本法人社長であり、サッカーU-20チャイニーズ・タイペイ(台湾)代表、同フットサル代表として活躍した経験のある時国司さんの第2回です。 中学・高校時代に台湾サッカー代表になるため全力を注ぎ、その後はビジネス方向に切り替え、経済やマネー、投資の経験を積み重ねてきた時国さん。 慶応義塾大学卒業後の2004年に入社したゴールドマン・サックス証券では日本法人の戦略投資部で5年間働き、企業分析手腕に磨きをかけました。 同社から、アメリカのプライベートエクイティファンドであるベインキャピタルへと転職し、退職したのは30歳になる手前。この段階で目標だった経済的自由をほぼ達成し、やりたいことができる環境を手に入れました。 30歳前後で経済的自由というのは想像を絶するスピードの速さですが、サッカーに邁進していた頃と同様に仕事に全精力を注いだ時国さんは高いハードルを超えたのです。 そこからは再びサッカー選手として再始動するとともに、ロンドン・ビジネス・スクールに入学。経営学修士(MBA)の取得やイングランドサッカー協会でのコーチングライセンス取得、フットサルへの参戦といったチャレンジングな人生を選んでいきます。異色の男の20~30代、そして40代に突入した今を聞きました。 ■30歳で「経済的自立」を手にできたワケ ──ゴールドマン・サックス証券とベインキャピタルで7年働き、経済的自立をほぼ達成したという時国さんですが、マネーとはどのような向き合い方をしていましたか? 時国:僕にとってのお金は安心材料。「貧困を逃れるためのもの」といってもいいでしょう。だから、お金をパーっと使うことは一切ありません。金持ちになりたいと思ったこともありません。 ゴールドマン・サックス時代も、狭いアパートに住んでいて、牛丼屋に行くだけで十分でしたし、酒も飲まない。今も洋服は一度買ったら10年くらい着ますし、自分のための旅行もしません。 多少生まれた余裕は、日本と台湾の高校生の交換留学プログラムに寄付したり、児童養護施設の子供たちをサッカーの試合に招待したりといったことに使ってきました。 例えば、リーマン・ショックで株価が暴落したときに株を買ったり、不動産価格が下がりに下がった2011年終わり頃から2012年にかけて不動産を買ったり、これまで自分が所属した3社全てにおいて自社株を持ったりファンドに投資したり(自分でも投資したいと思える会社に勤めてきました)、といった投資行動をとりました。 ──そこで時国さんが考えたのは? 時国:仕事を突き詰めたいという気持ちはずっと変わっていませんが、ゴールドマン・サックスの面接でも、「サッカーの世界に戻るためにここにきた」という話をしていました。 そのため、生活に一定の目途が立ち始めた段階で、家族とも相談のうえ、仕事の傍らサッカーを再開しました。サッカーの練習は1日2時間。それ以外の22時間を有効活用すれば、再びサッカーに携わることは十分可能だと考えたんです。 ゴールドマン・サックスの後、投資ファンドのベイン・キャピタルへの転職を経て、ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)を取得しようと考えたのも、イギリスが金融かつサッカーの本場であったことが大きかったです。 2010年に赴いたイギリスではMBA取得のための勉強の傍ら、イングランドサッカー協会のコーチングライセンスの取得にも取り組み、当初は指導者としての復帰を目指していました。その過程で出会ったナイジェリアの五輪代表監督から「まだ選手としてもできる」という言葉をもらい、競技復帰を決意しました。 ただ、11人制サッカーではなく、フットサルのFCエンフィールドというチームのセレクションを受け、合格しました。イングランド・フットサルリーグそしてFAカップでも得点を決めた初のアジア人としてメディアでも取り上げてくださいました。 ■激務の中「フットサル台湾代表」に選出 ──異国で二足の草鞋を再び履きはじめたわけですが、オービス・インベストメンツに転職したのもイギリス時代ですよね。 時国:そうなんです。ビジネススクールに通いはじめて間もなく「日本株のアナリストをやらないか」という誘いがメールで舞い込んだんです。そこでインターンとして働きはじめ、正式に入社。2015年頭には香港へ行く話が持ち上がりました。 5年間過ごしたロンドンを離れ、アジアに戻ったわけですが、そこでも香港レンジャーズFCと契約。10番でキャプテンとして試合に出ていたら、台湾サッカー協会からフットサル代表として招集を受けました。 ──外資金融の仕事は非常に忙しかったのではないですか。 時国:はい、仕事が常に優先ですし、練習・試合以外は深夜までオフィスに籠もっている状態でした。たまった有休を生かして台湾に通いフットサル代表合宿に参加していました。 もちろん、合宿中も練習時間以外は仕事をしていたので、何をしているのか、チームメイトからもよく聞かれました(笑)。 2015年11月にモンゴルのウランバートルで開かれた2016年AFCフットサル選手権・予選に出場。これを突破して、翌2016年2月のウズベキスタンでの本戦にも出場できました。 大会前にフットサル日本代表と壮行試合があり、台湾代表として挑めたのは本当に嬉しかった。サッカーU-19代表のときと同じようにワールドカップには届きませんでしたけど、120%満足でした。 ■基本である「財務諸表」の重要性 ──2016年5月にはオービス・インベストメンツの日本法人社長に就任します。まだ34歳の若さで史上最年少だったそうですね。 時国:日本の資産運用界を変革するためにオービス・インベストメンツにできることが沢山ありますし、イングランドや香港リーグ、台湾代表など自分の夢にも時間を使うことを許してくれた会社への恩義もあります。必ず結果を出すという覚悟をもって日本に帰国しました。 ──帰国後、株式市場は右肩上がりですよね? 時国:おっしゃるとおり、日本も含めて、世界のマーケットは、リーマン・ショック以降、10年以上にわたり上昇の一途を辿っています。2022年度にいったん下落しましたが、昨年度はそれ以上に上昇しており、概ね上昇相場が継続しています。 しかし、注意しなければならないのは、この上昇相場が、異常なまでの低金利に下支えされていることです。金利が低下すると、利益実現がより遠い将来に見込まれているグロース企業ほど株価が上がりやすくなります。その結果、将来性を見込まれた一部の銘柄が市場を牽引するに至りました。割高な株が更に高くなった相場とも言えます。 ここで注意しなければならないのは、今後は「金利がある世界」が戻ってくるという点です。そうなると、過去10~15年の優良銘柄と、今後10~15年の優良銘柄は、全く異なる可能性が高いと考えられます。そこで重要になるのが、会社の価値を分析し「割安な会社」を見極める力です。 投資の本質は、本源的価値に対して安く買うことだと考えます。だからこそ買った価格よりも高く売ることができるのです。イギリスやアメリカでは、企業価値分析の授業を大学や大学院で学ぶことができます。 今後日本でもそういった本質的な価値分析スキル(投資スキルとも言えます)を次世代に伝えていきたいと考えており、10年ほど前から、東京大学や早稲田大学、慶応義塾大学、各小中高校などに呼んでいただき、ボランティアで講義を行っています。 ──日本へ帰国後、サッカーのほうは? 時国:2016年に日本フットサルリーグのバルドラール浦安に入ってプレーしました。ただ、イングランド、香港リーグや台湾代表のときと同じく、常に仕事優先というスタンスでプレーさせていただきました。そして、36歳になった2017年に、選手としては競技から離れました。 私たちの会社はアナリストたちが過去50~60年分の財務諸表を読み込んだり、事業を取り巻く環境やその行く末を考えたりして企業価値を分析しています。多くの仮説を積み上げ、精度を最大限高めることで、数年後の収益を予測するのです。 とくに財務諸表を読むというのは、サッカーのインサイドキックと同じ。数字を読むだけですから一見すると誰もできる簡単なことです。ただ、このインサイドキックがうまく蹴れなければ、いいパスも出せないし、もちろん得点も奪えません。 つまり、この基本を徹底しなければ、よい選手になれないんです。投資でも同じで、財務諸表を精緻に読めない人が正確な企業価値の査定をするのはやはり難しい。なんとなくわかった気になってしまう分野ですが、投資初心者の方には、基本の徹底からおすすめしたいです。 30代になってから現役復帰を果たし、フットサルと投資ファンド社長の二足の草鞋を履いた時国さん。 1日24時間を最大限有効活用し、できることをすべてやったからこそ、120%の充実感と達成感を得られたのでしょう。 まだ42歳という若さでアスリート投資家の道を極めている彼に最終回の次回はさまざまなマネーのアドバイスをしていただきます。 元川 悦子(もとかわ・えつこ)/サッカージャーナリスト。1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。 ※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
元川 悦子