「農業はどん底 島ちゃびだ」 交差する二つの〝安保〟 沖縄県与那国町
生産額は5年で半減 赤字膨らむ製糖工場
「農業はどん底。島ちゃびだ」。国境西端の島、沖縄県与那国町。農業委員長の小嶺博泉さん(52)が、放牧中の牛を世話しながら言った。背後には山頂に立つ自衛隊の海空域監視レーダー塔が見える。島ちゃびは、離島の苦難を指す琉球の言葉。二つの安全保障が交差する国境離島で何が起きているのか。 与那国島は台湾まで111キロ。晴れた日には水平線に台湾の島影が浮かび上がる。 町は20年前、経済的自立を目指し、台湾との交易特区を政府に申請したが、却下された。志が折れた中で台頭したのが、対中国を念頭に九州・沖縄の防衛力を増強する「南西シフト」。手始めが同島に沿岸監視部隊を配置する計画だった。 賛否で島民は真っ二つに割れたが、「地域振興」を期待した町は押し切った。8年前に部隊が置かれ、隊員と家族の転入で人口は1500人台から1800人台へV字回復。町有地の賃貸料で学校給食を無償化、島民と隊員の交流も図られた。 しかし、2年前に地対空ミサイルの配備計画が明らかになると、「島が攻撃対象になる」懸念が生まれた。経済的な恩恵を受ける業態とそうでない業態との格差も広がった。 農業の衰退はそんな背景下で加速した。 町産業振興課によると、基幹作物のサトウキビ、水稲、長命草(ボタンボウフウ)、和子牛せりを合わせた2022―23年期生産額は1億9000万円と、5年前の半分になった。この間、サトウキビ生産者も3割減、今期生産量は5割減の3200トンの見通しだ。町が国の補助で建てた製糖工場は採算ラインを5期連続で下回り、赤字が膨らみ続ける。 水稲と長命草の生産者は各1戸になった。島の耕地は500ヘクタールを割り、うち再生困難を含む休耕地は4割の200ヘクタールを超えた。和子牛も原価割れが八重山地方で最も深刻だ。 事態を重視した前門尚美・県農林水産部長が1月下旬、島を訪れた。糸数健一町長と会談後、前門氏は取材に「1年で解決できる問題ではない」と危機感を隠さず、中長期的な対策を図る考えを示した。 ◇ 3月には島に電子戦部隊が投入され、軍民共用の滑走路や海港の建設計画も進む。島が要塞化する中、小嶺さんは「軍備だけでいいのか」と問う。「海洋国の日本は、離島に人が住み、生活があって領土領海は守られる。自助、共助、公助で農業を立て直したい」(栗田慎一)
日本農業新聞