「いっそのこと、殺してしまおうか」重傷を負った戦友の手に握らせた自決用の手榴弾 #戦争の記憶
腹を負傷した一等兵の手に握らせたのは…
かたわらの狭い溝に、重傷の黒川勝雄一等兵が横たわっている。総員五十余名の大隊本部に所属する兵卒で、年も若く、一番の下っ端として、将校や古参兵にこき使われていた。が、どんな局面でも、皆の役に立ちたいと、汗を流して走り回る姿が好ましく、厳しい軍隊生活を続けてきた先輩たちにも可愛がられていた。 その黒川が腹をやられている。意識はあるものの、立って歩くことはままならない。敵が投げた手榴弾が転がってきて、身体が浮いた後は気を失った、と悔しそうに話す。くりくりとした目を見開き、大きな声で受け答えする一生懸命な姿が、齢の近い私の弟と重なる。他人とは思えない感情を抱いていた。 心を鬼にして、私が腰に着けていた二つの手榴弾のうちのひとつを外し、手に握らせる。 「大隊は今から転進する。もし敵が来たら、これで……、な」
「いやだ、いやだ。連れていってください」
黒川一等兵は無言であった。 「鉄帽でも石でもぶつければ、すぐに破裂するからなぁ」 沈黙に耐えかねて続けると、突如、堰を切ったように哀願の声が響く。 「いやだ、いやだ。連れていってください」 溝の底から甘えるように見上げる、幼さが残る顔は涙で濡れていた。 それ以上は何も言えず、顔を背けるしかなかった。 黒川一等兵と同郷の樫木副官が、代わって静かに諭す。皆と一緒にこれからも戦いたい、戦果を挙げて家族の待つ故郷へ帰るんだ、と訴えているようだ。そのやりとりを目にした戦友たちのすすり泣く声が、夜の静寂に漂った。 *** ※『ずっと、ずっと帰りを待っていました 「沖縄戦」指揮官と遺族の往復書簡』より一部抜粋・再編集。
デイリー新潮編集部
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