<東日本大震災から13年>災害と戦争後に見られる日本漁業のある共通点とは?
東日本大震災が発生し甚大な被害が出てから13年となります。筆者は何度か現地に呼ばれたり、ノルウェーに被災された水産業の関係者を送り出す際の講師をしたりしてお手伝いもしてきました。 これまで何度も、資源管理制度の不備に関することを記し、具体的に漁業を成長産業としている国との比較をして来ました。それによって問題の本質に気づかれた方は少なくないはずです。 震災後に放射性物質の影響で、漁獲圧が減少して一時的にマダラ、サバ、イカナゴ、ヒラメをはじめ多くの魚種の資源が急回復しました。皮肉にも水産業を大復活できる機会が訪れていたのです。しかしながら、科学的根拠に基づく資源管理の欠如により、決して続くことがない「大漁」は数年も立たずに空しく魚が減り続ける海に戻ってしまいました。 下のグラフで分かるとおり、再開を希望する被災した漁船や加工流通施設は、ほぼ再開しています。また、漁港の陸揚げ機能も震災前の能力に回復しています。ハード面は多くの関係者の努力により復活しました。では現場はどうなっているでしょうか?
漁船・加工施設・漁港も回復しているが
データから分かるように、漁船・加工施設・漁港も回復しています。ところが2021年12月~22年1月に実施した「水産加工業者における東日本大震災からの復興状況アンケートの結果」によれば、生産能力が回復しているのに対して、水産加工業者の売上が、震災前の8割以上まで回復したと回答した水産加工業者は約5割しかありません。 売上げが戻っていない主な理由として、最も多いのが「原材料の不足」で2~3割を占めています。もともと東日本大震災で大きな被害を受けた三陸は、世界三大漁場が目の前にある水産業にとって、またとない場所に立地しています。豊かな水産資源のおかげで潤沢な水揚げが続き、水産業を主体として三陸の港町は栄えていました。 しかしながら、水産資源管理の欠如で資源も漁獲量が減り続き、港町は衰退を始めました。水産原料不足は「輸入」という形で補われてきましたが、世界的な水産物需要の増加を背景に日本の水産物輸入数量は減り続け、ピークの01年の382万トンに対して23年は216万トンと43%も減っています。 今後も需要と世界人口の増加が影響し、再び増加傾向に転じる可能性はありません。そして単価だけが上昇を続けていくことになります。 さらに、震災で水産加工が一時的に中断したことにより、中国を主体とするアジアへの加工シフトが進みました。アジアを中心とした水産加工品の地元での消費増加や、日本以外への輸出により、魚は三陸の加工業者からどんどん離れていくことになっていきました。 結局、本来頼りにすべきなのは、地元に水揚げされる水産物なのです。それが科学的根拠に基づく資源管理が機能していないがゆえに、地元の衰退だけでなく、消費者への安定した水産物の供給さえ危うくなってしまっているのです。