「一方的な内容で秒殺する!」元世界ヘビー級チャンプがうらなう「井上尚弥VSネリ」大胆展望
飛行機が着陸態勢に入ると、眼下に広がるフィラデルフィアが白く覆われていることに気付いた。滑走路の雪はきれいに取り除かれていたが、街はすっかり銀世界だ。 な、なんて可愛いんだ! 井上尚弥の盟友・京口紘人にからみつく新妻 「フィリーに大雪が降るのは2年ぶりだよ」 隣の席に座っていた老人男性が、呟くように話し掛けてくる。 気温2℃の寒さに首を竦めながら、フィラデルフィア国際空港でレンタカーを借り、北北東に45km進む。私が向かうのは、ペンシルバニア州ベンサレムに住む、元世界ヘビー級チャンピオンの住まいだった。 ◆悲運のチャンピオンが井上尚弥を絶賛 「おぉ、よく来たな」 2LDKアパートの扉の前で、ティム・ウィザスプーン(66)は私を迎えた。リビングに置かれたソファの上に、緑色のチャンピオンベルトが飾られている。彼がWBCヘビー級タイトルを獲得したのは’84年3月。その、およそ9ヵ月前にも同ベルトを保持していたベテラン王者に挑み、試合を優勢に運んだにも拘わらず、1-2のスプリットディシジョンで負けにされた。 ティムがWBCヘビー級のベルトを腰に巻いた折、メディアが発表したファイトマネーは25万ドルだった。だが、実際に彼が手にしたのは4万4640ドルに過ぎなかった。プロモーターのドン・キング(92)は、毎回ティムの保障額を当然のようにピンハネした。 そんな扱われ方に心を病み、ティムは闘うことへのモチベーションを失っていく。類稀な才能を持ち合わせながら、長期政権は築けなかった。WBCヘビー級のベルトは初防衛戦で、その後奪取したWBAタイトルも2度目の防衛戦で手放してしまう。そして、他にカネの稼ぎ方を知らないからと、45歳まで現役を続けた。ベテランの域を超えた年齢となりながらも、ラストマッチの数ヵ月前まで世界9位にランクされ、絶世のディフェンスを見せた。 ティムは、“ジャパニーズ・モンスター”井上尚弥に注目しており、ここ数年のファイトは全て目にしている。今回は、5月6日に東京ドームで相まみえるルイス・ネリとのファイトを占ってもらうことにした。 「イノウエは、実にいいボクサーだ。様々なメディアが’23年のファイター・オブ・ザ・イヤー、そしてパウンド・フォー・パウンドに挙げるのも頷ける。自分に自信を持っているよ。誰と戦っても負ける気はしないだろう。まさに今がピークだ。 一つ一つの動きを見れば、しっかりトレーニングを積んでいる、自分に強い男だってことが分かる。爆発的な破壊力は、本当に魅力的だ。試合をする度に、自信が上積みされている。ノニト・ドネアとの2試合、ちょっと試合が長引いたポール・バトラー戦はバンタムだったが、スーパーバンタムに上げたスティーブン・フルトン、そしてマーロン・タパレス戦で、更に凄みが増した」 フィラデルフィアの南側で育ったティムは、同郷の後輩王者であるフルトンについて、「可哀相なほど、ボロボロにされたな」と繋げた。 元世界ヘビー級チャンピオンにネリの映像を見てもらう。まずは、山中慎介との2戦、そしてカルロス・パヤノ戦を目にしたティムは語った。 「バンタムにしては、身体が分厚いっていうのが第一印象だ。このクラスならパワーがあるほうだろう。パヤノ戦までは、29戦全勝23KOか。 でも、イノウエのスピードとは比較にならない。特にバックステップが遅いよ。プラス、ガードが低く振りも大きい。ナチュラルな動きをしているとは、とても言えない。前足の柔らかさも無いな」 無論、私は’17年8月に行われた山中との第1戦で4回KO勝ちを収めた際、ネリが禁止薬物を使用していたこと、’18年3月の再戦では5パウンド(2.268kg)のウエイトオーバーでベルトを剥奪された事実、あるいは、’19年7月にパヤノを下したWBCバンタム級シルバー王座戦でも、懲りずに前日計量で0.5パウンド超過した件、また’19年11月にもバンタム級の身体を作れず、試合を流した体たらくを伝えた。 「要するに、コンディションを作り上げることができないタイプなんだな。感覚だけで戦っているヤツって、時々見掛ける。この男がボクシングと真剣に向き合っているとは、とても思えない。それでもチャンスを与えられるってことは、そこそこの商品価値があるってことだ。とはいえ、これじゃあイノウエの相手にはならないぞ」 続いてティムは、ネリがアーロン・アラメダを判定で下してWBCスーパーバンタム級タイトルを手に入れた一戦、その後、WBA王者ブランドン・フィゲロアとの統一戦で、7ラウンドKO負けを喫したファイトを見た。 「ネリもアラメダも、全勝同士だったんだな。この時のネリは、パヤノ戦より動きがいい。減量苦から解放されたのかもしれない。シャープなジャブを打っているし、遠目からのストレートも悪くない。でも、ディフェンスに難がある。頭の動きがワンパターンだから、イノウエにしてみれば狙いやすい。 バンタムではハードパンチャーだったかもしれないが、122パウンドだと、そんな印象はまるで受けない。肩や腰をもっと捻って打たないと、拳に体重が乗らない。案外手打ちだよ。それに腰も高い。もっと重心を低くすべきだ。打った後の動きも、あまり無いな…」 目下35勝(27KO)1敗のネリにとって、唯一の黒星となったフィゲロア戦については、次のように述べた。 「ラウンドが進むにつれ、ネリのパンチはどんどん体重が乗らなくなっている。そして、左右のフックが大振りで雑だ。だから接近戦でフィゲロアのパンチを喰らって、削られたんだ。ボディブローが効いていたな。ノックアウトされた最後の一発も、左ボディアッパーだった。何度も体重オーバーを繰り返している選手らしく、腹が弱い。イノウエのボディを喰らったら、悶絶しそうだ」 加えて私は、ネリが’23年2月にアルメニア人のアザト・ホバニシャンを11回KOで下し、同年7月に祖国メキシコでフィリピン人ファイターのフローイラン・サルダールを2ラウンドで沈めた直近の2戦のYouTubeも流した。 「ホバニシャン戦のネリは、やっぱりスイングがワイドでガードが下がる。横着な戦いぶりが目立つよ。リング中央での打ち合いも、膝が伸び切って突っ張ったままだ。動きを停止して相手を観察するシーンも目に付く。 ホバニシャンのことはよく知らないが、35歳で3敗か。1度だけ経験した世界タイトル挑戦が’18年5月…結構前だな。正直なところ、既に下り坂にきているように見える。サルダール戦も、簡単な相手を呼んできている。祖国のファンの前で、豪快に倒すという、プロモーターの演出じゃないか。かなり大事にマッチメイクされてきた感じがするね」 ティムは自室の片隅に据え置くWBCのベルトに視線をやり、溜息交じりに言った。 「複数回、ペナルティーを科せられる男だって、プロモーターに気に入られればカネを稼ぐチャンスを得られる。政治力や運がボクサー人生を大きく左右する……。真の実力者じゃなくても、世界チャンピオンになれてしまう。やり切れないぜ」 しかし、十数秒間の沈黙の後、ティムはいつもの陽気な表情に戻った。 「だけど、今回はイノウエがネリをぶっ倒すさ。技術もスピードもパンチ力も、レベルが格段に違う。“ジャパニーズ・モンスター”は、速く、鋭い。ネリが荒々しいファイトを仕掛けても、捻じ伏せるだろう。 イノウエがその気になれば、秒殺も考えられる。彼は賢いビースト(野獣)だからな。俺は一方的な内容で、KO決着すると見る。4冠チャンピオンが2ラウンドくらいで、あっさり防衛するよ。ネリはノーチャンスだ。激しいダメージを受けるだろう」 ティムは結んだ。 「イノウエは、自分の時代を築き上げたんだ。大したもんだよ」 5月6日、東京ドームで井上尚弥は新たな功を成すだろう。まさしく生きた伝説だ。 取材・文:林壮一 1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。
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