『あのクズ』が2倍楽しめる? スピンオフ『あの夜』で味わう“撫”玉井詩織の人間臭さ
ほこ美(奈緒)の実家「スナック明美」のカウンターで繰り広げられる駆け引きが非常に味わい深い『あのクズを殴ってやりたいんだ』(TBS系)のサイドストーリー『あの夜を許してやりたいんだ』(TVer)。 【写真】大葉(小関裕太)に猛烈アプローチをする撫(玉井詩織) ほこ美の勤務先である市役所メンバーそれぞれが思惑を持ち寄り、彼らを妹のさや美(鳴海唯)が迎え撃つ。 ほこ美に好意を寄せる大葉(小関裕太)は、もちろん彼女の実家に興味をそそられて、妹・さや美の前で良い先輩アピールがしたいという下心を持ち寄る。そんな大葉に好意がある撫(玉井詩織)は、後輩・小島(浅野竣哉)の悩みを聞く会というテイでなんとか大葉との距離を詰めたいと臨戦態勢。マイペースでそんなことは全くお構いなしかに見えた小島は実は全てを俯瞰できていて、撫の思惑に目を瞑り利用されることで恩を売ろうという策士ぶりを覗かせる。しかし、その割に何とも周囲が回答しづらい、思いのほか哲学的な悩みをぶっ込むのがまた小島らしい。 様々な矢印が錯綜する中、撫のあざとさを嗅ぎ分け、彼女から大葉を守り、さらにあわよくばほこ美と彼をくっつけようとするさや美の応酬は見応え抜群だが、同時にカオスぶりを際立たせる。 本編でも度々ほこ美への何とも言えない複雑な感情を覗かせ、第7話では遂に超えてはいけない一線を超えてしまった撫が、本音と共に人間臭さを炸裂させており、サイドストーリーでは彼女の憎めない魅力が滲んでいる。 撫の花柄シフォンワンピも華美すぎないネイルもトレンドを取り入れつつ万人受けする髪型も、頭のてっぺんから足先まで抜かりない。それでいて、“やりすぎず自然に見える”計算尽くしの塩梅は、撫が何とか見出した“男ウケ”を念頭に置きながらも同性からも嫌われない武装であり、鎧でバリアだったのだろう。 撫自身もちょうど良い塩梅を見つけて悪目立ちしないように調整しておきながら「本当の自分を見てほしい」という自分の思いの矛盾に気づいていたのではないだろうか。 「ずっと男ウケに全振りしてきて、今さら自分の好きとか言われても(わかんない)」なんてこぼしながらすっかり自分を見失っている撫だが、ほこ美への“嫌い”ははっきりと全面に意思表示できている。 全て計算尽くしで人の顔色を窺いながら嫌われないように“正解”ばかり探している撫からすれば、計算もなしで何事にも体当たりでぶつかっていくほこ美の突破力やバカ正直さが眩しくもあり、しゃくに障るところなのだろう。自分が空気を読んで避けてきたことに、ほこ美はそのまま無防備に突っ込み、傷ついたらプライドよりも先に自身の気持ちに正直に思いっきり傷つく。周囲からの目線や評価に囚われず自分軸で迷いなく生きているほこ美の様子が、そんなことは許されないとはなから思い込んでいる撫からすれば信じられないしズルくも思えるし、それを認めてしまえば今までの自分の努力を全て否定することに思えるからこそ、どうしても許したくないのだろう。 「好きの反対は“無関心”ですからね」という小島の言葉が全てを物語っているが、そんな撫の鎧を脱がせて本音を吐き出させたのが、さや美のあけすけさだったのにも、スナックの持つ“一期一会”の巡り合わせや不思議な引力が詰まっていた。 大葉の誰に対してもフェアであろうとする姿勢や素直さが意図せず誰かを傷つけてしまうところも、小島のローテンションながらも人の感情の機微を意外に抑えられているところも、そのままで一緒にいられる4人はそれはそれで相性が悪くないのだろう。 それぞれがそれなりに居心地良さそうに居場所を獲得しているところがこの市役所メンバーの面白味で、そんな彼らの絶妙な距離感やオフの顔が見られて何だか嬉しかった。
佳香(かこ)