福原冠、ニューヨークの稽古場を巡る Vol.1
範宙遊泳やさんぴんのメンバーとして活動する俳優の福原冠が、2024年11月から2カ月間、ニューヨークに滞在する。目的は、“稽古場のリサーチ”のため。表現を通じてさまざまな人と出会ってきた福原は、稽古場の新しい形を模索中だという。本連載ではそんな福原がニューヨークの稽古場で見て、聞いて、体験したことをつづる。 【画像】興奮して全く寝れずにニューヨークに着陸。(他4件) ■ 目的は稽古場リサーチ はじめまして。俳優の福原冠と申します。現在2024年11月4日12時27分(現地時間)、ニューヨークはブルックリンのカフェで書いています。10月28日からAsian Cultural Council(ACC)という団体の助成を得て8週間ニューヨークに滞在する機会をいただきました。怒涛の一週目の最終日、いつになく静かな朝に家の掃除をし、昨日の残りのスープを食べ、イーストヴィレッジで行われるワークショップに参加するまでちょっと時間があるかなというところです。滞在の目的は「稽古場のリサーチ」、ニューヨークにあるさまざまな稽古場で行われているワークショップや稽古に参加しながら、具体的にどんな稽古が行われてどんなワークが試されているか、そこにはどんな人々が出入りしていて、その稽古場がどんな人々によって運営されているのか、そして稽古場が社会にとってどんな場所なのかを知りたいと思っています。 これからの4回でさまざまな稽古場を巡りながら考えたこと、ニューヨークでの日々を綴りたいと思います。今回はイントロダクションとして、この滞在に至った経緯について。 ■ まずはイギリスでリサーチ そもそもなぜ稽古場か。それはいつか自分でスタジオを運営したいと思っているからです。それは演劇やダンスなどの表現が育まれる街に開かれたスタジオ。それはプロフェッショナルにとっては創作と技術の向上、実験の場でありながら、ケアの場所でもある。そして表現に興味のある人だれもが体を通して表現を味わい、楽しむことができる場所。受付の周りではコーヒーやドーナツを食べながら仕事をしたり本を読んだりもできて、夜はたまにパーティーがある。そんな場所を作りたいと夢想したのが今から3年前。コロナウイルスで行動が制限されている中でのことでした。あの時、いま最も必要なのは夢だとはっきり思いました。 2021年の秋、“今の自分”をびっくりさせたくて、予定がぽっかり空いた数カ月を利用してイギリスに飛び、さまざまなワークショップを受けました。「始めたて / ちょっとやってる / ガシガシやってる / どんな人でも」などの多様なレベル分け。「即興 / 台本 / 独白 / テクニックやメソッド / コンディションを整える」など多様なクラスの種類。圧倒的なスタジオの数と圧倒的なクラスの数、そして一見マニアックなクラスでもきちんと人が出入りいて経営が成り立っていることに興奮しつつも、なぜだかとても落胆したのを覚えています。 ■ “参加する”から“開催する”へ 帰国してすぐにワークショップの企画書を書きました。受けた衝撃と感動を形にしたかったのです。企画書を書きながら技術も経験値も中途半端な自分がワークショップを開催するなんて果たしていいのだろうかと悩みました。「だけどいつになったら中途半端じゃなくなるのか。レジェンドになるのを待っていたらきっといつまで経っても始められない」。石を投げられる覚悟で書き進めました。やりたかったのはイギリスで体験した1日完結型のクラス、興味がある人にとっての初めの一歩であり、ごりごりやっている人が戻ってこられる場所としてのワークショップ。すごいふりも上手いふりも偉いふりもせず、道半ばの人がシェアできることを素直に手渡す時間。そうして始まったのが横浜にあるSTスポットでのワークショップ企画「演劇の手前 / ダンスの手前」です。手前ワークショップは今年で3年目、昨年は「手前の手前」というクラス、今年は「音楽の手前」というクラスも誕生しました。 ありがたいことに「演劇の手前」はSTスポットに限らずさまざまな場所で開催する機会をいただきました。ワークショップを重ねながら、いつしかスタジオを運営してみたいと思うようになりました。“この指とまれ”をした人の所に人が集まるのもいいけど、お気に入りのクラブに行くみたいに特定の場所に人が集まって表現が共有される、知恵の交換が行われる、そんな空間に身を浸したい。その場所に行けば何かがあって、誰かがいる。そんな場所があったらいいなあと思ってしまいました。自分が出会ったすごい人たちに声をかけて、目が覚めるようなワークやエクササイズ、明日を切り開く言葉達をシェアしてもらえたら最高かもと思ってしまいました。 ■ そしてニューヨークへ また、俳優として数々の創作現場を出入りしながら、創作環境や稽古場のこと、稽古の行われ方そのものについても考える機会が増えました。これらの思いは私をニューヨークに向かわせました。多様な人が行き交うであろうニューヨークの稽古場ではどんなやりとりが行われているのか。この上なく刺激的であろうパフォーミングアーツが共有される現場を体験することで、それを知りたいと思ったのです。そこでダンサーの三橋俊平さんに声をかけて、俳優とダンサーがコラボレーションをする形でリサーチをしたら面白いんじゃないかと思い、ACCの申請書を書きました。採択が決まったのはロロ 「BGM」の千秋楽。楽屋で吠えました。 ここまで書いて2024年11月4日14時45分(現地時間)、まもなくワークショップ会場に向けて出発します。この1週間でいくつかのスタジオに行きました。Trisha Brownのテクニックを受けにEden's Expresswayへ、AlexanderTechniqueとGagaを受けにGIBNEY280 Broadwayへ、We Speak English(英会話だけど立派なワークショップでした)を受けにWebster Libraryへ。 演劇でもダンスでもないけどTouche Amoreのライブを観にWarsawaへ。ニューヨークで活動するYoshi Amaoさんのオープンクラスを受けにChez Bushwick Studioへ。そしてこれからイーストヴィレッジの謎空間・Performance Space New Yorkに行って明日はMark Morris Dance Centerへ。 どこもかしこもヒストリカル。どこを切り取ってもエナジック。毎秒感動しながら過ごしています。人と街の価値観に触れたとき、来てよかったなと心の底から思います。次回は巡ったスタジオについて書きます。 それではまた! ■ 福原冠 神奈川県出身。範宙遊泳所属。2015年からインタビューによって作品を立ち上げるユニット・さんぴんを始動。劇団以外でも古典劇から現代劇まで幅広く出演。近年はダンス公演にも出演している。近年の出演作に山本卓卓演出「バナナの花は食べられる」「心の声など聞こえるか」、福原充則演出「ジャズ大名」、三浦直之演出「BGM」「オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)」、永井愛演出「探り合う人たち」、杉原邦生演出「グリークス」、森新太郎演出「HAMLET -ハムレット-」、中村蓉演出「花の名前」など。