”元東京拘置所理髪係”が明かす「僕だけが見た死刑囚たちの人間らしい素顔」
「死刑囚はもう一人殺しても刑が変わらないわけです。スキバサミを取り上げられ、襲われたらどうしようと思うと、前夜はなかなか寝られませんでした」 【画像】「元AV女優で刑務所に入っていました。」元セクシー女優「合沢萌」の現在の姿 そう語るのは’19年から’21年まで東京拘置所に服役し、理髪係を担当していたガリさんだ。窃盗などの罪で収容された後、美容師の国家資格を持っていたことで数少ない理髪係に抜擢された。刑務所では頭を「刈る」ことを「ガリ」と呼んでいたため、このあだ名が定着したという。 5月末には自身の経験を綴(つづ)った著書『死刑囚の理髪係』(彩図社)を上梓。改めて、その特殊な日々を振り返る。 「初めて担当した死刑囚は『秋葉原通り魔事件』の加藤智大でした。散髪前には些細なことでも激昂することがあると聞いていたのですが、会ってみると猫背で俯(うつむ)き加減で、とても大人しかったです。 最初にバリカンを入れたときのことは忘れもしません。右もみあげから刃を入れたんですが、身体中から嫌な汗がじっとりと出てきた。散髪中は鏡越しに加藤と目が合うんですが、5分ほどのカットの間、微動だにせずにジッとこっちを見ているんです。得体の知れない怖さを感じて、冷や汗が止まりませんでした」 ガリさんは出所するまでの2年間で、計10回ほど加藤の散髪を担当した。恐怖心は最後まで残ったが、回数を重ねるごとに少しずつ薄れていった。それと同時に″ある変化″に気付くようになった。 「’21年夏ごろから彼の頭に円形脱毛症が目立つようになりました。頭皮を掻(か)きむしっているようで出血している個所も増えてきた。当時、加藤は死刑執行が近いと言われていたので、ストレスの影響だろうと思います。どこか人間離れした印象があった加藤でも、死を恐れていると感じた瞬間でした」 ’21年秋、ガリさんの出所の数ヵ月前に担当した際には、言葉も交わしている。理髪係との散髪に関係ない私語は禁じられているが、このときは同席する刑務官も止めなかったという。 「突然、『あの~~髪、薄くなってないですか?』と聞かれたんです。僕がいるうちに自分の状態を聞きたかったんだと思います。ショックを与えないよう、『変わりないですよ』と返すと、『そうですか』とだけ。短いやり取りでしたが、少しは信用していたのかなと思いました」 加藤の人間らしい一面に触れた瞬間はほかにもあった。 「1回、バリカンで加藤の耳裏を傷つけて、出血させてしまったことがあるんです。仕事のミスは懲罰に繋がる行為なので、肝を冷やしましたが……加藤は気付いているのに、何も訴えなかった。受刑者はストレスが溜(た)まっていますから、こういったミスを許さない人が大半です。まして加藤はスイッチが入ると手が付けられないと聞いていたのに、なぜか見逃してくれた。今となって思えば、彼なりの優しさだったのかもしれません」 加藤の死刑は’22年7月に執行された。このときすでに出所していたガリさんは、ニュースを見たとき、真っ先にこの出来事が頭をよぎったという。 ◆忘れられない御礼 東京拘置所には刑が確定した死刑囚が60名ほど収容されている。そのうち、理髪を通してガリさんは、実に40名近い死刑囚と接触を持ったという。『あさま山荘事件』の犯人で約50年も収容されている元連合赤軍の坂口弘(77)もその一人だ。 「飲尿療法をしていて髪にもおしっこを塗っているんです。部屋に入ってきた途端に強烈なアンモニア臭が鼻を衝(つ)きました。ハサミもクシもすぐに尿でベトベトになるんです。初めて担当した日は夕食がのどを通りませんでした」 身体的な恐怖を感じる経験もした。’04年、架空請求詐欺グループ内の仲間割れで、都内のビルの一室で4人を殺害した清水大志(収容中)の担当は困難を極めた。 「部屋にはゴミが散乱し、思い通りにならなければ暴れる。拘置所では有名なトラブルメーカーでした。髪も伸ばしっぱなし。不衛生だからと警備隊に理髪室に連れてこられたものの、土壇場で切りたくないと言い張って暴れるなどやりたい放題。でも刑務官から、やれと言われればやるしかない。なんとか平穏に終わる事を祈り続けて作業していました」 ほかにも45人の死傷者を出した『津久井やまゆり園殺傷事件』の犯人・植松聖(34・収容中)や『座間9人殺害事件』の白石隆浩(33・収容中)も担当した。白石は理髪室に来たとき、腰まで髪が伸びていた。生気はなく、「生きることを諦めた人間はこうなるのか」と感じたという。 その一方で、死刑囚は自分たちとは違い、人間ではない異質な存在だという考えを覆(くつがえ)される経験もした。加藤以外に”人間らしさ”を感じたのは、『マニラ保険金殺人事件』を起こした岩間俊彦(’23年8月に獄中死)と接したときだ。 「岩間は普段は笑顔を見せない人だった。でも、理髪後に顔をクシャッとして、面と向かって『どうもありがとう』と言ってくれたんです。口先だけの御礼じゃなく、心から感謝をされたと感じたのは初めてで驚きました。自分とは違う世界の存在だと思っていた死刑囚も、同じ人間なんだと実感した。それからは、理髪中は外の世界で普通の客に対応していたように、誠心誠意、彼らに向き合って仕事をしようと思うようになりました」 出所後も、拘置所の中での日々を忘れたことはないと語るガリさん。現在は地元に戻り、不動産管理業に従事。新たな人生を歩んでいる。 (文中一部呼称略) 『FRIDAY』2024年6月28日号より
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