習近平が恐怖する中国の「頭脳脱出」…中国人教授たちを「学生スパイ」が監視している
完全に停止状態の日中間学術交流
「いま、日中間の学術交流は完全に停止状態だ。観光やビジネスだけではない。中国側から誘われても出席する研究者は殆どいないだろう。こんな異常な状態はおそらく、72年の日中国交正常化以来、初めての事じゃないだろうか。日本に対する学術の自由の侵害だ」。 こう憤るのは、反スパイ罪で懲役6年の判決がでた「北海道教育大学袁克勤教授を救う会」のメンバーで中国現代法を研究する明治大学鈴木賢教授だ。 【写真】習近平の第一夫人「彭麗媛」(ポン・リーユアン)の美貌とファッション 袁教授は2019年、長春に帰省した際、突然、国家安全部に拘束された。その後二度の不起訴を経て、今年5月に実刑判決を受けたが、罪を認めず現在「上訴中」だという。反スパイ法での有罪判決、という中国外交部の発表はあるが、詳細は一切わかっていない。ただ、長期拘束を経てもいまだ袁教授は固くなに自らの潔白を主張している事実だけははっきりと伝わってくる 今年に入ってからも、胡士雲教授、范雲濤教授ら二人の大学教授が失踪するなど、ここ数年で多くの日本人、中国人の大学教授の失踪、拘束が相次いでいる。 袁教授の専門分野は1950年代前後の台湾に移った頃の中華民国の歴史研究だ。強硬に「台湾統一」を掲げる習近平政権にとって、最も過敏に反応するテーマのひとつだろう。 「共産党政権は自分たちに都合のいいように歴史を解釈し編纂する権利を独占している。政権を正当化するために自分たちに都合のいい『物語』を創って国民に啓蒙している。だから研究者の新たな歴史事実などの掘り起こしを極端に警戒するのだ」と、鈴木教授は指摘する。 政権に忖度する御用学者は別として、まっとうな研究者は真理を探究するのを是としている。彼らが発掘する新事実の資料や書物の解析、それに基づいた新しい論考などは、一歩間違えば習近平政権にとっては「毒薬」にもなる、という訳なのだ。
自分を優先する習近平政権
経済や文化、ましてや学術研究などの犠牲などは意に介せず、すべては自らの政権維持を最優先に「政治の安全の核心は政権の安全と制度の安全」と唱える習近平政権。党の指導を徹底し、外部からの「浸透、破壊、転覆の活動を厳重に防ぐ」事を堅持する事が国家、国民の安心に繋がる、と中央政治局の集団学習会において熱弁している。まるで北方民族からの侵入を防ぐために万里の長城を作らせた秦の始皇帝のような時代錯誤甚だしい発想だが、笑える話ではなく、事態は深刻だ。 この対象分野は歴史に留まらない。22年の「総体的国家安全観綱要」によれば、科学技術、食料、生態、資源、宇宙、深海、バイオ、人工知能・・等々20項目の重点分野が明示されている。 これらの分野で習政権の描く「物語」や共産党独自の解釈の意にそぐわない「国家の安全を脅かす事実」に触れてしまった学者や研究者はすべて「反スパイ法」の対象になり得る、という事なのだ。この状況では中国へ向かう研究者が途絶え日中の学術交流が機能停止に陥るのは無理もない。 そして、実は反スパイ法を名目に日本の中国人大学教授や研究者を狙うのは、彼らの研究内容を監視するためだけではない。そこにはもう一つ安全部が狙う別の目的がある。 安全部が常に監視するのは、専門的な研究分野はさることながら、彼らの個人的思想や言動、そして人脈だ。 いま、新宿周辺にはある特化した大学予備校が10校以上ある。すべて中国人だけが通う日本の有名私大受験に向けた予備校だ。最大手の「行知学園」は国内外に19拠点持ち学生数も4000人を超える。関西にも同様の予備校がいくつもあり、富裕層の子息が中心で学費に上限はない。授業料だけで年数百万という特別カリキュラムもある。中国富裕層は日本の著名私大への入学に資金は惜しまない。コロナ禍で一時減少したがその数は回復後、増加の一途をたどっている。 少子高齢化による「大学サバイバル時代」に突入して久しい日本では、このような中国人留学生は当然、ぜひとも獲得したい経営資源でもある。各校の獲得競争も年々激しくなっている。中国人専門予備校にMARCHなどのの一流私大担当者が誘致に足繁く通うのは、時代の趨勢なのだ。「売り手市場」の彼らにはもうはやひと昔前のような「バイトで苦労する貧乏留学生」の姿はない。