【書評】『医療過誤弁護士銀子』“外科医にして弁護士”の小説家・富永愛氏が描く医療ドラマ
【書評】『医療過誤弁護士銀子』/富永愛・著/経営書院/1760円 【評者】香山リカ(精神科医)
医師の経歴も持つ女性弁護士の物語。それだけでも興味がひかれる人は多いだろう。ふたつのケースは、舞台は同じ病院、外科手術を受けたあとに亡くなった患者をめぐって、家族が訴訟を起こした。銀子ははじめは先輩弁護士の下で、十年後の二回目は主任弁護士として法廷に立つ。 なんといっても“医師兼弁護士”なので、遺族や病院から提供されたカルテのコピーや手術ビデオの解釈には一分の隙もない。読者は「そうか、プロはこうやって医療ミスかどうかを判断していくのか」と推論のプロセスの醍醐味を味わうことができるだろう。 法廷での証人尋問はさらにスリリング。どちらにとっても“勝負服”である真っ赤なスーツを身に着けた先輩弁護士や銀子が、緻密な準備に基づいて、大胆に病院側の関係者を問い詰めていく。 そして、この物語がただの知的ゲーム小説に終わっていないのは、銀子を始め、登場するみなの人間味あふれるキャラクターのおかげだ。銀子の師匠ともいえるヒョウ柄ファッションの先輩弁護士、病院を守るために困難にも耐える看護師長、総合病院の事務長から銀子のところに転職した事務局長など、どの人たちも憎めない。いわゆる“悪人”が登場しないのもこの物語の特徴といえる。 ただ、いくら悪人がいなくても、ちょっとしたことで医療ミスは起き、大切な家族の命が奪われると二度と取り返しはつかない。いつの時代も原告は亡くなった家族の遺影とともに入廷し、尋問では涙を流す。傍聴席の医師から「裏切り者!」と罵声を浴びながらも、「私のような外科医の弁護士がいなければ、誰がオペ室というブラックボックスをこじ開けられるのだろう」と遺族側に立ち続ける銀子の決意に、読む側も背筋が伸びる。 「こんなスーパー弁護士いるわけない」と思うなかれ。この物語の著者こそが「外科医にして遺族側弁護士」なのだ。いまや「小説家」という第三の肩書きもできた著者に心からのエールを送りたい。 ※週刊ポスト2024年11月8・15日号