谷口さんの登山靴を手に、パンドラ山挑戦への思いを語る大石さん＝9月下旬、静岡市清水区

　師匠と仰いだ登山家谷口けいさんが届かなかった景色を求めて―。静岡市清水区の登山家で山岳ライターの大石明弘さん（44）が今月下旬、ヒマラヤ山脈「パンドラ山」（標高6850メートル）の東壁に挑む。登山界最高の名誉と称される「ピオレドール賞（金のピッケル賞）」に日本人初、世界で唯一女性として受賞し、43歳でこの世を去った谷口さんが完登できなかった氷壁。大石さんはギリシャ神話になぞらえて「この物語の最後には『希望』がある。山頂は必ず届く」と意気込む。 　谷口さんは2015年、当時は人類未到だったパンドラ山の東壁に挑むも上部を超えられず惜しくも断念した。「開けてしまったパンドラの箱。中身を確認しに、必ず行きます。それまでこの山の詳細は内緒」。SNSにそう投稿したが、約1カ月後、北海道の黒岳山頂付近から滑落死した。 　大石さんは01年、大学4年時にヒマラヤの標高8千メートル級のチョーオユー登頂を果たした際に開いた報告会で谷口さんと出会った。その後も海外撮影やイベントで同席し、北アルプスを中心に一緒に登った。「難峰をことごとくクリアするエネルギッシュな人。明るくて、笑いが絶えなかった」と振り返る。 　パンドラ山は基部で標高約5300メートル。ほぼ垂直に約1500メートルの氷壁を3泊4日ひたすら登る。大石さんは谷口さんの登山仲間だった鈴木啓紀さん（44）らとリベンジを見据えた。22年にアラスカ・ハンター北壁を完登するなど技術に磨きを掛けてきた。評伝を読んでパンドラを知ったカメラマン高柳傑さん（36）も加わり、挑戦が決まった。 　取材で浮かんだ学生時代の谷口さんは意外にも物静かな性格だった。大石さんは「彼女からチャレンジする大切さを教わった。残された自分たちが、未完だったラインを最後まで引き、多くの人に勇気を届けたい」と見据えた。