『未解決事件は終わらせないといけないから』に高評価が集まる理由 後続作への影響は大きい?
Steamにて2024年1月18日に発売されたアドベンチャーゲーム『未解決事件は終わらせないといけないから』が各所で高評価を獲得している。 【画像】話題作『未解決事件は終わらせないといけないから』のゲーム画面 本作は『REPLICA』、『リーガルダンジョン』、『The Wake: Mourning Father, Mourning Mother』の「罪悪感三部作」などを手掛けた韓国の個人開発者・SOMI氏による新作タイトル。 12年前に未解決のまま捜査が終了した「犀華ちゃん行方不明事件」の真相を、バラバラになった「記憶のかけら」をひとつひとつ思い出し、再構成することで究明していくのが目的のゲームだ。 Steamのユーザーレビューは2024年2月7日時点で1200件を超えており、最高評価である「圧倒的に好評」を獲得。早くも2024年発売のインディーゲームにおける代表的なタイトルのひとつとなりそうだ。 本稿では、このゲームがヒットし高評価を獲得した理由について、大きく分けて「2つの特徴」を中心に考察、あわせて後続作に与えうる影響についても考えていく。 ■『未解決事件は終わらせないといけないから』のゲームシステム まず、『未解決事件は終わらせないといけないから』(以下『未解決事件~』)のゲームシステムの特徴について簡単に紹介しよう。 本作では前述のとおりバラバラの「記憶のかけら」を再構成していくことになる。「記憶のかけら」は事件当時の警官と関係者とのやりとりをテキスト化したものになっており、すでに出現しているかけらに含まれるキーワードをクリックすると、同じキーワードを含むかけらが出現する。 これを繰り返してより多くの「記憶のかけら」を見つけていくのだが、出現時のかけらは時系列がバラバラなだけでなく、発言主も間違っている可能性がある。また、かけらのなかには事実関係を読み込み、日付の数字などを正しく入力しなければ解禁できないものも存在する。それぞれのかけらを正しい発言者、正しい時系列のものへと並び替え、事件の全容を明らかにするのがプレイヤーの役割だ。 くわえて、本作の事件関係者は「全員嘘つき」であったということが販売ページなどでも明かされている。ゲームプレイのなかで「それぞれの嘘」がどんなものか明かされていくにつれ、事件の真相が想像していたものから変容していく構造もスリリングであり、結末は実に感動的なものとなっている。 なお、本論からは逸れるが、違和感のまったくない秀逸なローカライズが本作を日本語でプレイする際の良質な体験に大きく寄与している点は、触れておきたいところだ。 ■『8番出口』にも通じる(けれど明確な差異がある)ヒットの理由 『未解決事件~』がヒットし、高評価を獲得した要因となったであろう特徴のうち1つ目は「エンディングまでのプレイ時間が短い」ことが挙げられる。 本作はエンディングまで到達するのに要するプレイ時間が2~3時間程度と短め。エンディングは2種類あるが、これを回収するのも容易だ。 2024年も昨年に引き続き、ゲームタイトルは1~2月の時点で豊作年と言えるだろう。『パルワールド』の大ヒットが記憶に新しいし、『未解決事件~』の発売直後には『龍が如く8』や『ペルソナ3 リロード』といった話題作も控えていた。 「あと数日で楽しみにしていたゲームが発売される」状況では10時間を超えるようなボリュームのゲームに着手するのは心理的ハードルが高い。ひるがえって、数時間程度でクリアできる小さなボリュームであることを事前に把握していれば、スケジュールが1年中「楽しみにしているゲーム」で埋め尽くされているようなゲームファンであっても、手に取りやすかったに違いない。 『未解決事件~』の評判を耳にしたゲームファンが実際にプレイする割合、言うなれば「口コミ伝導率」は、かなり高かったのではないだろうか。各メディアが絶賛したこともあり、話題が話題を呼んで、口コミにさらなる拍車を掛けていった空気を感じた人は多いはずだ。 昨年には『8番出口』が1時間程度でクリアできるボリューム感にくわえ、分かりやすいルールや画面上のインパクトある表現など、配信文化との親和性もあって大きなムーブメントとなった。一方で『未解決事件~』の場合、よりいっそう「ゲームでの良質な物語体験」を求める「プレイヤー中心」の広まりだったという差異は押さえておくべきだろう。 ここまでプレイヤー側の観点から「口コミでの広まりやすさ」について書いてきたが、当然「ゲームボリュームの小ささ」は、作り手側の意識も、規模の大きいタイトルとは異なるものになるのではないだろうか。 ひとつの傾向として考えられるものとしては「時事的なテーマやメッセージ性の盛り込みやすさ」が挙げられる。詳しい内容は伏せるが、『未解決事件~』のエンディングでは、SOMI氏が本作に、いまという時代の空気に対するある種の祈りや願いを込めていたことが明かされる。 こういったテーマ性は、開発が長期化するようなボリューム感のタイトルの場合、時代の変化により陳腐化、あるいは「意味合いの変容」をきたす可能性が高い。また、ゲーム中の作劇としても、短いプレイ時間のなかでひとつのメッセージへと突き進むような内容のほうが、クリティカルで切れ味のある体験にしやすいのではないかとも思う。 たとえば「コロナ禍以後」をテーマとして描いたタイトルならば『コーヒートーク』のモハメド・ファーミ氏(故人)が開発に参加した短編『What Comes After』や、インディーゲームではないものの、先日発表と共に無料ダウンロードが開始されて話題となった『SILENT HILL: The Short Message』は、いずれもゲームボリュームが1~2時間程度だった。 また、セクシャルマイノリティの女性たちの物語である『A YEAR OF SPRINGS』や、『The Cosmic Wheel Sisterhood』のDeconstructeamが開発、最近になって日本語ローカライズが行われた無料ゲーム『Behind Every Great One』も、ともに短編ならではの力強いメッセージが込められた作品として挙げられる(前者については世の中が変わることで、一刻も早く一部の描写が「時代遅れ」になってほしいと切に願っているのだが)。 これらのタイトルと同様に、時代の変化を恐れずに開発を進行でき、そして短編ならではの切れ味を持った「時事性を含む物語」に注力できたからこそ、『未解決事件~』もまた「手に取りやすさ」以上に高い評価を獲得するゲームになったという面は、きっとあっただろう。 ■『未解決事件~』がもたらすのはノベルゲームの「ゲームデザイン再考」? 高評価につながったであろうもうひとつの特徴は、「ゲームシステムによって、物語が最大限に心を揺さぶられるものとなっていた」という点だ。 先にゲームシステムについて紹介したように、本作は「記憶のかけら」を並び替えることで全容が把握できる仕組みだ。これにより、プレイヤー自身の手でミスリードを紐解いていく体験が味わえる。また、解禁に条件があるかけらの存在によって重要な情報が開示されるタイミングは適切にコントロールされていることで、物語体験としての質は保たれているのも巧みなところだろう。終盤で味わえる感動は、これらの過程があってこそのものだった。 本作をプレイして、いくつもの証言を動画で視聴し、それらのなかに登場したキーワードによって新たな動画を見つけていくアドベンチャーゲーム『Her Story』との類似性を感じた人は多いと思う。 『未解決事件~』は『Her Story』のゲーム内容を、「テキストを読む」ことを主体としたゲームジャンルであるノベルゲームへと引き寄せたタイトルという側面があると言えそうだ(『Her Story』の開発者であるサム・バーロウ氏の最新作が、より映像作品の特性に寄せた『IMMORTALITY』となったのとは対照的だ)。 国内のノベルゲーム文化について考えてみると、とくに美少女ゲームを中心に「ゲーム性を減らし、物語を味わうことに特化していった」時代が長らく続いたというのは間違いなく言える。こういった文化に影響を受けた海外インディー系のノベルゲームもまた、これに習って発展してきた面は大きい。 いまや物語の分岐といった最低限のゲーム性すらも廃し、一本道の物語をただ読み進めていく形式のタイトルも珍しくない。こうしたタイトルにも素晴らしいものがたくさん存在するし、ノベルゲームがひとつの確固たるフォーマットとなったからこそ、そのインターフェースや語り口などの「約束ごと」を独自に発展させたり、むしろ逆手に取ってプレイヤーに唯一無二の体験を提供することに成功したタイトルも枚挙にいとまがない。 しかし、『未解決事件~』が日本においても広く受け入れられたのは、「別の可能性」を示したことにはならないだろうか? 『未解決事件~』の高評価にともない筆者が期待しているのは、ノベルゲーム文化において作品規模を問わず、「物語体験を最高のものにするためのゲームデザインの模索」が活発化していくことだ。 『未解決事件~』がもしもノベルゲームの一般的なフォーマットを踏襲し、ゲーム性も低いタイトルであったなら、物語としては同一のものであったとしても、あれほど印象的な体験にはならなかっただろう。 「テキストを読む」ことを主体としたゲームであっても、その物語に最大限の価値を宿すためのゲームデザインは、形式化されたインターフェースを再考することも含めて、まだまだ検討される余地があるーーもし、同じように感じた作り手がどこかに居るのならば、『未解決事件~』と同様に「この物語は、このゲームデザインだからこそ最高のものになった!」と称賛されるような新たな傑作が、近い将来現れるかもしれない。 個人的にはそれが「その時代の作者の個人的なテーマ」を盛り込んだ、その瞬間だから作れるような短編であったなら、長年にわたって普遍性を持つような、印象深い物語体験になるような気がしてならない。
小林白菜
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