師匠ミヒャエル・ハネケ監督譲りの冷徹なまなざしで描く 世界を不安に陥れるイニシエーション・スリラー「クラブゼロ」
名門校に赴任した栄養学教師のノヴァク(ミア・ワシコウスカ)は、生徒たちに「conscious eating(意識的な食事)」という食事法を説く。「少食は健康的で、環境保護にもなる」というノヴァクの教えに生徒たちは次第にのめり込んでゆき──。世界を不安に陥れるイニシエーション・スリラー「クラブゼロ」。脚本も務めたジェシカ・ハウスナー監督に本作の見どころを聞いた。 【写真】この映画の写真をもっと見る * * * 発想のはじまりは「ハーメルンの笛吹き男」です。ネズミを駆除した男に村人が約束の報酬を支払わなかったため、彼が村の子どもたちを不思議な笛の音で誘い出し、どこかへ連れ去ってしまう。人を操り、誘(いざな)うこと、大人が意図を持って子どもたちをコントロールすることを書いたこのおとぎ話に興味を惹かれました。そしてどんな親も「子どもに何か起きるかもしれない」という恐怖心を持っている。それらを組み合わせました。 「食」をテーマにしたのは近年、食に関するイデオロギーが非常に増えていると感じていたからです。ネットを検索すれば「砂糖は健康か否か」「野菜は実は不健康だ」などいくらでも出てきます。そしてどれが真実かはわからない。かつてはイデオロギーが侵食していなかった分野に入り込み、過激になっている状況に関心を持ちました。 ノヴァクの「食」に関する理論は非常にもっともです。誰だって「あんまり食べすぎない方がいい」と思っていますよね。そのほうが健康的ですから。同時に「少食」のグループに参加することで、子どもたちは帰属意識を満たされます。世界中のカルトで「なぜ入信したのか」を聞くと、最初の動機はごく人間的で普通なものだったりします。ここにいればもう孤独を味わわなくていい、人に認識され大切にされる、というようなものです。ノヴァクも子どもたちに同じことをします。それがある時点から過激化してしまう。しかもとてもスムーズに。親が気づいたときにはもう遅いのです。そんな恐ろしさを描こうと思いました。 私は常に社会が信じるものや見えないものを捉えることに興味があります。映画は本来視覚的なメディアですけどね(笑)。見えざる恐怖の方が、見える脅威よりも恐ろしいと私は思っているのです。 (取材/文・中村千晶) ※AERA 2024年11月25日号
中村千晶