堂本剛と綾野剛が問いかける、「好き」ってどういうこと?【「まる」インタビュー】
堂本剛が27年ぶりに映画単独主演した、荻上直子が監督・脚本を手掛けた「まる」。堂本が人気現代芸術家のアシスタントとして生計を立てる無名アーティストの沢田、綾野剛が沢田のアパートの隣人で売れない漫画家の横山、吉岡里帆が沢田の元同僚の矢島、森崎ウィンがコンビニ店員のモー、小林聡美がギャラリーオーナーの若草萌子という豪華俳優陣で、自分が分からなくなってしまう人々を描く不条理劇だ。荻上監督が仕事をしたい俳優として名前を挙げ、.ENDRECHERI.(エンドリケリー)堂本剛として本作の音楽も担当する堂本と、沢田に憧れる隣人の漫画家役の綾野に、本作を演じた先に見えたものについて話を聞いた。(取材・文/関口裕子) 【フォトギャラリー】取材に応じる堂本剛と綾野剛 【あらすじ】 美大を卒業したもののアートで成功できず、人気現代美術家のアシスタントとして働く沢田。独立する気力さえも失い、言われたことを淡々とこなすだけの日々を過ごしていた。そんなある日、彼は通勤途中の雨の坂道で自転車事故に遭い、右腕にケガをしたために職を失ってしまう。部屋に帰ると、床には1匹の蟻がいた。その蟻に導かれるように描いた○(まる)が知らぬ間にSNSで拡散され、彼は正体不明のアーティスト「さわだ」として一躍有名人に。社会現象を巻き起こして誰もが知る存在となる「さわだ」だったが、徐々に○にとらわれ始め……。 ■2年間にわたる荻上監督と堂本剛のディスカッション ――「まる」は、あまり当て書きをされない荻上直子監督が、堂本さんにあて書きし、ディスカッションを重ねながら一緒に作り上げた作品だと聞いています。最初にオファーがあったのは約2年前だそうですが、出演を決めた経緯と、興味を持たれたポイントを教えてください。 堂本:荻上監督からご連絡いただいてすぐに「参加します」とお返事しました。企画が整うまでに2年ぐらいかかり、その間、荻上監督とプロデューサーの山田雅子さん、僕とでディスカッションを重ねました。その中に監督が脚本を完成させるに至ったヒントやスパイスがあったんだと思います。ディスカッションは、監督、役者という立場を抜きにして、ただ互いに人として喋り、僕も内面的な想いをたくさん聞いていただきました。その時間は心地良かったです。用意された質問に答え、目的に向かって最短で進んでいくのではなく、ただただ喋る。そういう関係性や時間を作っていただけたのは大きいと思いました。何気ない、けれど貴重な時間を与えてくださった監督だから、その想いにお応えすれば、僕が想像もしないような作品ができあがるだろうと感じたんです。 ――2年にわたるディスカッションの結晶としての脚本。最初に読まれたときの印象はいかがでしたか? 堂本さんが演じられたのは、アートで身を立てられず現代美術家のアシスタントをする沢田という役。通勤途中に事故に遭い、アシスタントの職を失うも、偶然描いた○(まる)が画壇で評価されて、新進アーティストとして脚光を浴びるという物語です。 堂本:そうですね。なんかいろいろ話したことがこの物語になったという感慨と、文字だけを読んでいくとすごく難しくて、真面目に考えれば考えるほど映画タイトル通りのまるから抜け出せなくなっていく脚本だなと思いました。 でも、まずは本読みをすると監督がおっしゃっていたので、そこで何か分かるだろうと、いったん自分なりに悩んで作って本読みに臨んだという感じです。不安という言葉が適切か分からないですけれど、最初はこれどう解釈すればいいんだろうという感じでした。 ■綾野剛にとっては「やらない選択肢がない」 ――堂本さんは「これは芝居人生で一番難しいものになるな」と感じたとうかがいました。私も先に脚本を拝見し、すごく面白かった反面、たわいもないやり取りで禅問答のごとくものごとの核心をつくような場面があり、演じるのはとても難しそうだと思いました。綾野さんはいかがでしたか? 綾野:荻上監督からオファーをいただき、(堂本)剛さんが主演だと伺ったので、本能的に「やります」とお答えしました。監督からお手紙もいただき、ある一文に、横山は「私自身を投影した」と書かれていました。読み終わって、静かに横山の呼吸を確かめている自分がいました。 荻上監督の世界観がとても大好きです。荻上ワールドを一度は生きてみたい想いでしたが、眺めているのがやっとでした。『かもめ食堂』や『めがね』など、一見穏やかですが、少しの辛辣さと、日常の中でたくましく生きる人々。そんな優しく強い世界観に魅せられていました。そんな荻上さんからのオファー。さらに役者を始める前から勝手にシンパシーを抱いていた剛さんとご一緒できる。やらない選択肢がない。その後、台本を開いたら、「いやあ、これは大変だ」と。 直感って鍛錬されてきた中でしか基本生まれないと僕は思っております。「感覚でやっている」とか、「直感で選んだ」というのは鍛錬あってこそです。しかしこの作品には、鍛錬を積んでも判断不能な、見たことのない料理を初めて食べるような感じがありました。食用土の料理みたいというか。 堂本・綾野:(笑) ■堂本剛、綾野剛、森崎ウィン。3人だけの“本読み” ――本読みはどんな形で行なったのでしょう? 綾野:剛さんと、コンビニ店員モー役の(森崎)ウィンくんと、僕の3人で行いました。とても緊張しましたね。 堂本:最初、フルキャストでやると思っていたんです。でも確認したら「お三方だけです」と。うわ、これはどういう意図なんだろう。たぶん横山、モーと、沢田との対話が、この物語の柱を作っていくのかなと思いながらその場所に行ったら、初っ端にエレベーターの中で綾野君とお会いして……(笑)。 綾野:そうなんです。 堂本:なんか、 とんでもない緊張感の中で本読みをするという、なんとも言えない時間でしたね(笑)。あの部屋、窓がなかったよね。 綾野:そうです、そうです(笑)。高いところに申し訳程度に小さな窓のある半地下みたいな部屋でした。 堂本:その閉鎖的な感じもあいまって異様な緊張感だった記憶があります。 ――本読みをしたことで得られたもの、手ごたえはありましたか? 綾野:目の前に存在している剛さんを体感できたことが全てでした。僕には目の前にいらっしゃる剛さんの声を聞くことが重要だったので、横山をどう生きようかという考えには至りませんでした。剛さんがどんな声なのか、テレビやラジオとかメディアを通した声しか知らなかったので、同じ空間の空気を伝って届く声を聞けただけで良かったのです。それに尽きます。 ――とても大切なものを受け取られたようですね。お芝居とは、相手から放出される生な感情に共鳴し合うものだという意味で。 綾野:フィルターがない状態でお会いできる。誰かのレンズを通すのではなく、自分の肉眼、裸眼で見て、心を向けることが大切で。それこそが芝居に通じるものだから体温を感じたいと思って行ったら、エレベーターで早速お会いして、なんかもう本当にドキドキしました。 堂本:タイミングだね(笑)。 綾野:あのとき剛さんの車が先に車寄せに入られたんです。車が停まった途端ふわっと一瞬で剛さんが降りて行かれました。それは後ろに来ている車を気遣った降り方で、ずっとそういうことを意識されて生きてきた方じゃないとできないスピード感でした。「わあっ」と思ったのもつかの間、エレベーターでお会いして。 ■エレベーターで初対面の挨拶…… ――エレベーターでの第一印象。堂本さんはどうでしたか? 堂本:ちょっと変な言い方かもしれませんが、綾野剛という生命体は実在するんだなと(笑)。 綾野:(笑) 堂本:僕が思ったより少し身長が大きいなとか、そんな実感に妙な感動がありました。 綾野:僕も同じくです。 堂本:僕は、沢田をどう演じるべきかすごく悩んでいました。でも綾ちゃん――僕は綾野さんを綾ちゃんと呼んでいるのですが――は、僕が想像するよりずっとピュアで純粋無垢な横山を現場に連れてきた。沢田は、どうやってあのヒッチャカメッチャカな横山と距離を縮めていけるのかと悩みましたが、結局、横山はとてつもなくピュアなので近づけるし、気にかけてしまう。横山のピュアさにめちゃくちゃ救われたんです。さらに一度突き放してみるとか、横山との関係値を考える余裕もできた。もう本当に感謝ばかりです。これで僕は沢田を演じられるって。綾ちゃんにはエレベーターで会ったときから、一気に距離を縮めさせてもらいましたし、本当に感謝しかありません。 ――キャスティングは監督の仕事の9割と市川崑監督がおっしゃっていましたが、荻上監督のキャスティング力はどの作品にも素晴しい化学反応を起こしていますよね。さて、沢田は荻上監督がシンパシーを感じた堂本さんと一緒になって作り出されたキャラクターだとすると、横山は荻上監督の要素の強いキャラクター。演じる中でそれぞれのキャラクターの内面からにじみ出るものを感じることはありましたか? 堂本:自分自身の意思ではないのに、あたかも僕の決定事項のように周りが勝手に動いてしまう。僕の人生の中で沢田と色濃く共通するのはそこですね。別に言い出しっぺでもないし、何かをさえぎるために発言したわけでもない。周りが勝手に思い込んで、決めつけて、うごめき合っている。それが僕の人生だなと。 ――例えば「僕がお芝居に興味がない、という噂が広まっていたみたいなんですけど、自分ではそんなこと言った覚えがない(笑)」とプレスのインタビューでおっしゃっていましたが、そういうニュアンスですか? 堂本:そうです。これも代表的な1つですね。なぜそうなっていったかという理由は、僕自身は肌感的に分かるんですが……。「芝居には興味がないので誰もオファーしないでください」なんて言った覚えはないのにそうなっていく。そこはすごく共感できました。 ――沢田は、本来実力のあるアーティストなのだと思いますが、自分自身が実感できていない作品が評価され、一人歩きしてしまうことに違和を感じています。同時に、人気現代美術家との日々など、日常にさまざまな違和を感じながら意思を表明しなかった。そんな自分にも怒っているような気がします。 堂本:世の中には自分を理解しているがあまり、自分を生きるがあまり隅に追いやられたり、孤独になる人もたくさんいると思います。沢田という存在が、そういう人たちを後押しし、勇気や力になるといい。そう思いながら演じていました。 ――横山はいかがですか? 綾野:今の剛さんの話に、食らっちゃいました。 堂本:(笑)。横山には綾ちゃんと似ているところ、思いっきり反映されているなと思うところはあるの? 綾野:好きなものに実直で、「沢田さんが好き」だけでやっているところです。そして荻上監督が「30代で映画監督デビューしたけれど、なかなかうまくいかなかった」とおっしゃっていましたが、僕にとっては、とても魅力的で作家性豊かな方だと確信しておりましたので、監督自身を投影されたという横山を通じて、僕が感じてきた荻上さん像を、ラブレターのような形でお返しできればいいと思っていました。当時の荻上さんは、きっと横山以上にピュアだったと思いましたので。 荻上さんを形容する言葉は、ピュアとか、魅力的とか、天才とか、奇天烈とか、いろいろあると思います。なかでも僕はピュアなところが好きで、そこは剛さんに対しても同じです。好きという感情は、きっとこの複雑な世の中を、シンプルに突き詰めた先にあるものだから。一方で横山はたくさんの言葉を吐きます。それはたった1つの言葉を探し当てるためで、何百、何千、何万個とある感情を吐き出さないと、奥底に隠れたその1つに辿りつけない。 横山は文字通り壁を蹴破って、隣にいる沢田さんをその目で見るんです。そのときの感情は、簡単に言えば「俺、この人好きだわ。だからあなたも俺のこと好きっしょ」という謎の人間力。それはピュアだからなのか、初めて見たものを親だと思い込むヒナみたいなものなのかは分かりません。 27年といってもその時間、1秒1秒みんなそれぞれ違う。だから剛さんとこうやって出会え、共演させていただき、今日一緒にインタビューできていることこそが奇跡なんです。この時間が、僕の希望になっていく。好きってそういうことなのかなと思います。