「あいつにはガッカリだ」浅草家族4人殺し…「ボンボン息子」と亡き父の間に《確執》が生まれた「本当の理由」
「勇が死んだことは当時から疑問だった」
やがてボンボン息子は、己の私利私欲のためなら親族を殺害することも厭わない「毒殺夫婦」に成り果てた。健一被告は2018年1月から6月にかけて、母親の八恵子さん(当時68歳)、姉の美奈子さん(当時41歳)、父親の勇さん(当時73歳)をエチレングリコールを摂取させることで相次いで殺害した。 だが、勇さんに関しては入院するまでは一度も大病を患ったこともなく、幼少期から快活な子供だったという。勇さんの兄は「勇が死んだことについては当時からずっと疑問だった」と言い、こう続ける。 「勇は小さいころから体が弱かったとか、そんな子じゃなくて丈夫だった。家の中で本を読んでるよりは、外に遊びに行くタイプだったよね。まあ勇とは、年も9つ離れてたからあまり一緒に遊んであげられたことはないんだけど、一度だけ海水浴に連れて行ったことはある。勇が5歳くらいのころに九十九里鉄道に乗ってさ、九十九里の海岸で一緒に磯遊びして楽しそうに笑ってたよ」 勇さんは高校卒業後、地元・千葉県東金市から上京。なめし革の卸会社に就職し、今からおよそ45年ほど前に独立して「ホソヤ産業」を創業した。浅草の地場産業である皮革加工・販売を手がけていたが、2012年には雷門の近くにホテルを新築。近年では宿泊産業に力を入れるかたわら、プライベートでは毎月のゴルフを楽しみにしていたという。 だが、そんな生活もボンボン息子の「蛮行」により全てが壊された。勇さんの兄は、最後にこう声を振り絞った。 「今年で3人の7回忌だったから、5月に長女(健一容疑者の姉)と一緒に吾妻橋の近くにあるお墓にお参りに行ったんだ。もちろん事件について、長女にも聞いてみたいけど、それを口に出すのはタブーみたいになってる。あの子も聞かれるのは嫌だろうし、食事中も世間話をする程度だったよ。今でも毎日のようにケン坊のことは考えるけど、どうして家族を全滅させようとしたのか分からない。早く本人の口から話してほしい」 取り返しのつかない罪を犯した自覚に、細谷夫妻が打ち震えることがあるのだろうか。最初の逮捕から10カ月経った今も、夫婦は取り調べに対して黙秘を貫いている。 【こちらも読む】『「彼女はサイコパス」「夫を支配」家族4人殺し・毒殺夫婦…志保容疑者の「異常な女帝人生」』
現代ビジネス編集部