J開幕戦の湘南対浦和で使われた”公開VAR”の評判と効果
夜空にホイッスルを鳴り響かせながら、佐藤隆治主審が両手を動かして四角形を描く。次の瞬間、左手でレフェリー・レビュー・エリアを示して、小走りでピッチの外へと向かっていった。 Shonan BMWスタジアム平塚を舞台に、湘南ベルマーレと浦和レッズがフライデーナイトJリーグとして対峙した21日の明治安田生命J1リーグ開幕戦。今シーズンから正式に導入されたビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)の介入によって判定が覆り、PKが与えられるシーンが生まれた。 ともに2ゴールずつを取り合って迎えた後半24分。直前に同点に追いついたベルマーレがさらに波状攻撃を仕掛け、右ウイングバックの石原広教がペナルティーエリアの右側へと侵入する。レッズのDF鈴木大輔が必死に対応し、ゴールラインぎりぎりで右足を伸ばして何とか阻止した。 それでも、ボールそのものの勢いは失われない。ゴールラインを割ってベルマーレのコーナーキックになろうとしていた刹那に、必死に身体を反転させた鈴木の右手が触れた。結果としてボールはラインぎりぎりで止まり、体勢を整えた鈴木の縦パスからレッズがカウンターを発動させた。 鈴木のハンドが見えなかったのか。あるいは、不可抗力と判断したのか。石原をはじめとするベルマーレの選手数人がアピールしても、佐藤主審は試合をそのまま続行させる。問題のシーンから約40秒後。レッズのDF山中亮輔のミドルシュートが大きく枠を外れ、プレーが途切れた直後だった。 佐藤主審が左手を耳にあて、右手で待ったをかけるポーズを取りはじめた。これはVARが介入していることを、ピッチ上の選手たちや両チームのベンチ、そしてスタンドのファンやサポーターへ告げるゼスチャーだ。手で触れたことを自覚していた鈴木は、この間の心境をこう表現している。
「湘南の選手の反応もそうだったし、あのときの流れで言えばVARで確認するのは自分のプレーのところだろうな、と。そこ以外には選手が抗議するようなシーンはなかったので」 もっとも、ベルマーレの選手たちによる抗議を受けて、VARが介入したわけではない。鈴木のプレーが起こった直後から、スタジアム外に横づけされたバンの車内に設置されたビデオ・オペレーション・ルーム(VOR)では、正確さが求められるチェックが急ピッチで行われていた。 VARシステムを簡単に説明すれば、VOR内に詰めているのはVARと、アシスタント・ビデオ・アシスタント・レフェリー(AVAR)、リプレイ・オペレーター(RO)の3人。VARとAVARはトップリーグをジャッジする資格をもつ審判のなかで、国際サッカー評議会(IFAB)が定めるカリキュラムを段階的にクリアして、ライセンスを付与された者だけが務めることができる。 開幕戦ではVARを西村雄一氏、AVARを山内宏志氏とともにプロフェッショナルレフェリーが務めていた。西村氏は佐藤主審との交信を開始した上で、こんな言葉をまず告げた。 「Possible Penalty Kick(ペナルティーキックの可能性あり)」 そして、右隣にいるROに指示して、問題のシーンの映像を取り出させる。スタジアムには12台のカメラが設置されていて、原則として映像機器メーカーから派遣されるROにはVARが求める決定的な映像を、各カメラを通して得る映像のなかから瞬時に提供するテクニックが求められる。 この間、AVARの山内氏はピッチ上の状況に目を光らせる。山中のシュートが外れた後にベルマーレのゴールキックで試合が再開されれば、チェックしている場面でPKが認められても判定を修正できないからだ。そのため、山内氏は佐藤主審へこんな言葉を投げかけ続ける。 「Delay, Delay(再開を遅らせて、遅らせて)」 VARはすべてのプレーに介入するわけではない。対象とするのは【1】得点かどうか【2】PKかどうか【3】退場かどうか【4】警告・退場の人間違い――の4つであり、これに関して「明白な間違いをなくす」ために、フィールド上の審判団をサポートするシステムとして位置づけられている。