【広島好き】黒田博樹氏が野球殿堂入り。過去のカープ関係者の殿堂入りを調べてみた
『黄金期の基礎』と言えば、2003年には関根潤三氏と上田利治氏が殿堂入り。上田氏はカープが将来の指導者として見込んで入団させた選手でしたが、研修的な意味で送り出した阪急に囲い込まれて名監督になった人です。
関根氏は1970年の根本監督時代のカープに、廣岡達朗氏(1992年殿堂入り)とともにコーチとして、当時若手だった山本浩、衣笠の育成に関わりました。その山本氏が殿堂入りを果たしたのが2008年。カープ初優勝の立役者として、同級生でよきライバルだった衣笠氏から実に12年遅れての選出でした。
2012年には北別府学、津田恒実と80年代のカープ黄金期を支えた投手が同時選出となりました。豪速球を武器に『炎のストッパー』と呼ばれた津田氏は、脳腫瘍のため32歳の若さで帰らぬ人となってしまいましたが、北別府氏はその津田氏ともっとも親交の深かった選手のひとりでした。その北別府氏も、昨年難病に見舞われて逝去してしまいましたが、天国で旧交を温めていることでしょう。
翌2013年には外木場義郎氏、大野豊氏の左右のエースが殿堂入り。外木場氏は伝説の投手と言われる沢村栄治氏と並ぶ、3度のノーヒットノーランを記録した名投手ですが、完全試合を含めての3度達成は、プロ野球史上唯一の記録です。
大野氏は軟式野球の出雲信用金庫からドラフト外での入団。プロ1年目の防御率135.00のどん底から這い上がり、22年間の現役生活で先発、リリーフとして活躍して、通算148勝100敗138セーブをマークした現在のカープのOB会長です。
2018年に選出された金本知憲氏は、連続イニング出場世界記録に監督も務めた阪神のイメージが強いですが、広島生まれ、広島育ちで、カープでもトリプルスリーやサイクル安打、連続打席無併殺の日本記録など、数々の記録を残しています。
カープから数々の名選手、名指導者が殿堂入りを果たしていますが、変わり種とも言うべき存在が、2003年の松田耕平氏です。現在のオーナーの父親である耕平氏は、MLBを手本に球団改革を推進し、在任中にドミニカ共和国にカープアカデミーを創設するなど、先駆的な球団経営を評価されて特別枠で選出されています。
文:大久保泰伸
大久保泰伸