「発熱患者お断り」は、なぜ4年も続いたのか?...「初動」の悪さが「有事」を長引かせてしまった
開設すれども公表せず──発熱外来の教訓
しかし、2020年3月~10月にかけて発出された厚生労働省通知には、「診療が困難である場合には、少なくとも帰国者・接触者外来や新型コロナウイルス感染症患者を診療可能な医療機関への受診を適切に勧奨すること」とある。 応召義務はあっても、他の医療機関を紹介すればよい、つまり診なくてもよい、という現状追認の通知となった。 医療機関の能力にはもちろん差がある。すべての医療機関で必ず診よ、というのは現実的には不可能であり、非効率でもある。では、紹介すべき「診察可能な医療機関」とはどこか、その情報が行政にも医療者にもわからない、という状態が半年余り続いた。 そのような中、2020年9月に厚生労働省が通知した仕組みが「インフルエンザ流行期における発熱外来診療体制確保支援補助金」(以降、発熱外来)である。 これは、発熱患者専用の診察室や診療時間を設ける「診療・検査医療機関」を都道府県が指定し、その体制確保を補助する仕組みである。季節性インフルエンザをも想定し、秋冬期は補助金がさらに拡充された。この補助金の仕組みは後述するが、この政策には別の意外な落とし穴があった。 ■開設すれども公表せず──発熱外来の教訓 2020年9月の厚生労働省通知には「診療・検査医療機関から公表可能と報告のあった医療機関について、地域の医師会等とも協議・合意の上、公表する場合は(中略)患者が円滑に医療機関を受診できるよう」にする、とある。 市民に情報を公開し、選択肢を提供してこその発熱外来であったが、公表するかは医療機関の判断、としている。しかも行政上の組織ではない医師会等との協議を要したうえで「公表しても構わない」つまり非公表でもよいという不可解な通知だったのだ。 2022年2月4日の日本経済新聞によると、2022年当時3万5000の「発熱外来」のうち、3割の医療機関名が非公表であったという。その後、公表による加算金を付ける等の対応が行われた。 2022年11月に厚生労働省から示された資料では、全国4万1000の発熱外来の9割が公表されるようになったが、この時すでに新型コロナ発生から2年半以上が過ぎていた。 患者を受け入れることが前提で多額の補助金を得ている「発熱外来」を非公表にしたい、というのは身勝手が過ぎる。 医療機関側は「公表すると患者が殺到する」「事前予約なしで来院するので対応に追われる」等とコメントするが(前掲の日本経済新聞より)、その分、公表した医療機関にしわ寄せがくることは容易に想像できる。 なお、一部の医療機関や医師会等がなぜ公表に後ろ向きだったのかは、この補助金の仕組みにも問題がある。 発熱外来診療体制確保支援補助金は、一言でいえば、発熱外来を開設して診療時間を確保したが、患者が来院しなかった場合の補償金である。患者が来院しなければ、補助金が満額となり、診察した患者数に比例して減額される。 例えば1日7時間(20人相当)発熱外来を開設した場合、患者が来なければ1日当たり27万円、患者が10人の場合は、補助金は13.5万円となり、診察した10人分については診療報酬での支給となる。 しかし、診療すればするほど、患者への検査体制、陽性者の療養の場合の手続きなど診療報酬を取り崩す形での手間が当然かかる。であれば、「開設をしても周知せず来院者はほとんどなし」という開店休業状態が医療機関の収益上は最も合理的な選択となってしまう。
伊藤由希子(津田塾大学総合政策学部教授)