猶本光 重傷でパリ五輪が消えかけ気づかされたこと「今まで積み重ねてきたものがなくなってしまうかもしれない」
WEリーグ・三菱重工浦和レッズレディースのMF猶本光(30)がスポーツ報知のオンライン取材に応じた。パリ五輪出場を目指す中で、1月20日の皇后杯広島戦(サンガS)で左膝じん帯損傷で全治8~10か月の大けがを負った。現在は同じ日に同じ箇所を負傷したFW安藤梢(41)とともに、リハビリに励む。パリ五輪まで3か月を切った今、自分が追いかけていたものが「五輪」ではないことに気づいた。 パリ五輪開幕まで73日。猶本は今、チームを離れリハビリに励む。「順調にここまで進んで、ちょうど昨日(4月26日)走る許可が出たんです」と屈託ない笑顔で明かした。 開幕まで3か月を切ったパリ五輪は仲間に託すのかという問いには「まだ何とも言えないです。完全になくなったとも言えない」と明かし、続けた。「今は自分の膝を早くいいコンディションに持っていくことしか考えていないです」。 1月に左膝前十字じん帯損傷で全治8~10か月の重傷を負った。7月開幕のパリ五輪出場は絶望的な診断だった。負傷直後は「目標にしていたので、すごく悲しいのかな」と気持ちも沈んだ。 20歳で初めてなでしこジャパンに選ばれたが、29歳の昨年までW杯と五輪に縁がなかった。23年6月のW杯メンバー選出会見で「枯らしきってきたはずなんですけどね」と大粒の涙をこぼしたことも話題となった。 落ち込む猶本を支えたのは、安藤だった。何の因果か、師匠と慕う41歳は、同じ試合で猶本と同じ箇所を負傷した。現役引退も頭をよぎったというレジェンドに、猶本はロッカールームで「まさか引退しないよね?」「ねぇ(=安藤)が引退するなら、こっちだって引退してやる」と引き留め、リハビリの道に向かわせた。 安藤との時間は、猶本に心の整理をさせる時をもたらした。「姉さんにいろいろ話しているうちに、悲しいのはどうやらそこ(=パリ五輪)じゃなくて」と気付く。「自分がサッカーしながらいろんなことがどんどんできるようになった。(負傷した)広島戦では、練習でもできないようなゴールも決めた。成長していた自分がすごく楽しかったし、このままいったら何ができるのだろうとワクワクしていた。今まで積み重ねてきたものがなくなってしまうかもしれないことが一番悲しかった」 本当の目標は、サッカー選手として成長し続けること。「(負傷から)3日くらいで前向きになれた。頑張るというか、楽しい方向に考えるようになりました」と苦境を乗り越える決意ができた。 実は安藤も猶本に「世界との闘いを意識して常に努力してきた光をずっと見てきた。成長したところを五輪で見せてほしい」と思っていただけに、強いショックを受けていた。だが猶本は立ち向かおうとしていた。「選手としてさらに成長する期間にもなる、みたいに考えるようになり、元気になっていました」と振り返る。復活への二人三脚が始まった。 今、“師匠と弟子”2人の立場は逆転して、再起の道を歩んでいる。昨季、40歳でWEリーグMVPを獲得した安藤は受賞式で「年齢はただの数字」と語ったが、思うようにリハビリが進まないことがあった。年齢を理由に弱音を吐くと、猶本は「『年齢ってただの数字』って言っていたよね」と先輩にピシャリ。猶本には安藤を復帰させることも、一つの活力となっている。 再び世界で輝く日が来るのか―。「まずは自分の体や状態をそのレベルにできるが今のチャレンジ。そして、また世界の舞台で闘うことを目標にしています。でも今は、そこよりもまず自分自身に向き合っています」今夏に奇跡が起きるかは分からない。今ただ、尊敬する先輩と共に、光の差す方へ復活の歩みを続ける。(田中 孝憲) ◆猶本 光(なおもと・ひかる)1994年3月3日、福岡県小郡市生まれ。30歳。1つ上の兄の影響で小学1年生からサッカーを始め、13歳で福岡ANのトップチームに登録。12年に筑波大進学を機に浦和へ移籍。同年U―20女子W杯で3位。14年5月のニュージーランド戦でA代表デビュー。18年に筑波大大学院修了。同年ドイツ・フライブルクに移籍し、20年に浦和復帰。23年女子W杯出場。代表通算40試合出場4得点。161センチ、55キロ。 【取材後記】パリ五輪を仲間に託すのか―。猶本は答えにくいであろう質問にも逃げずに答えてくれた。同時にサッカー選手にとっての「目標」とは何かを、考えさせられた。 10日に優勝したアジアクラブ選手権決勝の表彰式では、笑顔で選手たちに首にメダルをかけて回った。どの選手も口々に「梢さんのため」「光さんのため」と口にする。それは猶本が日々努力をし、向上心を持っていたからこそだろう。「成長していた自分がすごく楽しかったし、このままいったら何ができるのだろうとワクワクしていた」との言葉にサッカー選手としてのプライドを感じた。 昨夏のW杯。練習グラウンドに真っ先に出てきて、アップ前から楽しそうにボールを蹴る姿が印象的だった。猶本の笑顔を世界の舞台でまた見たい。(孝)
報知新聞社