予想外の悲劇…「働かなくても生きていける生活」を手に入れた若者に襲いかかった「まさかの真実」
お金がなければ自由もない
FIREの目標は、お金を使わない質素な生活をしてできるだけ多く貯蓄し、投資によって金融資産を増やしていくことだ。その理念を共有するパートナーを得て2人で貯蓄に励めば、より早く目標に到達できる。 FIREの基本は「4%ルール」で、年間生活費を25倍した金融資産を株式と債券に分散投資すれば、毎年取り崩しても30年暮らしていける確率が95%だという。毎年の生活費が4万ドル(約440万円)なら、目標金額はそれを25倍した100万ドル(約1億1000万円)で、ミリオネアがひとつの目安になるだろう。 FIREはアメリカだけの現象ではない。私が出会ったコンサルティング会社に勤める28歳の男性は、結婚を考えている女性と2人合わせて世帯年収が1000万円程度になるので、生活コストの安い地方に引っ越してリモートワークするつもりだと語っていた。 ミニマリスト的な生活をして年間300万円くらいで暮らせば、年700万円貯蓄できる。それを株式(インデックスファンド)で運用すれば、30代のうちに経済的に独立できるという堅実なプランだった。 自由とは、会社(給料)や家庭(夫)、国家(福祉)などに依存せずに自分の人生を選択できることだ。“No Money, No Freedom(お金がなければ自由もない)”というFI(経済的独立)の徹底したリアリズムは大きな影響力をもつようになり、いまや世界中の多くの若者たちが倹約と資産運用によって「自由な人生」を手に入れようとしている。
絶望の理由は「貧困」ではなく「失業」
「無銭生活」を説くマーク・ボイルと、倹約によってできるだけ多く貯蓄するFIREは対極にあるように思われるが、どちらも「お金にとらわれない」生き方を目指している。 ボイルがストレートに「お金の必要ない生活」を目指すのに対して、FIREでは人生に必要なお金をできるだけ早く手に入れることを目指す。じゅうぶんなお金があれば、それ以上稼ぐ必要はないのだから、やはりお金の呪縛から解放されるのだ。 ここからわかるように、FIREもまたミニマリズムの潮流に位置づけることができる。モノが必要ないライフスタイルなら、収入の大半を貯蓄に回すことができるから、より早く(より少ない金融資産で)経済的独立を達成できるだろう。 多くのひとが「人生を変えたい」と思っているが、一歩を踏み出せない大きな理由が将来の経済的な不安だ。FIREは、「先にゆたかになる」ことでこのハードルをクリアする実現可能なステップを示し、若者たちのこころをとらえた。 FIREのもうひとつの目標がRE(早期退職)だが、これは悠々自適の生活をすることでは(おそらく)ない。 経済学では、ひとはみな「人的資本」をもっており、それを労働市場に投資して収入(給料)を得ていると考える。ほとんどのひとにとって人的資本こそが金融資本(富)の源泉なのだから、早期退職(RE)で人的資本をゼロにするのは人生設計としてバカげている。 さらに近年、ひとを絶望させるのは「貧困」ではなく「失業」だというデータが積み上がっている。世界じゅうで(コロナ前は)平均寿命が延びているにもかかわらず、アメリカの中高年の白人労働者階級(ホワイト・ブルーカラー)だけは、2000年以降、平均寿命が短くなっていた。 この奇妙な現象を調べた経済学者は、その原因が「アルコール、ドラッグ、自殺」だとして、これを「絶望死」と名づけた。高卒や高校中退という「低学歴」の彼ら/彼女たちは、仕事を失い、社会から見捨てられ、屈辱のなかで自暴自棄になって死んでいくのだ。 逆にいえば、仕事を通じて地域社会や仲間たちとつながっていれば、たとえ貧しくても「絶望死」のような悲惨な事態にはならない。こうしてアメリカのリベラルは、(それが可能かどうかは別として)「お金を配るより仕事を提供せよ」と唱えるようになった。 FIREはプアホワイトのような「貧困」ではないが、必死に倹約して経済的独立=自由を手に入れたのに、なぜ「失業者」にならなければならないのか。現代社会では、職業的な成功こそがもっとも確実な自己実現への道だというのに。 早期退職(失業)はもはや、魅力的な人生の目標ではなくなっている。こうしてFIREは、「経済的に独立して、好きな仕事(社会活動)を通して大きな評判を手に入れる」という運動へと変わっていくだろう。実際、FIREを達成した者たちは、自らがインフルエンサーとなってこの理念の普及を勢力的に行なっている。 さらに連載記事<「トランプ再選」に落胆する「リベラル」がまったく理解していない、世界中で生きづらさを抱える人が急増した「驚きの原因」>では、人生の難易度が格段に上がった「無理ゲー社会」の実態をさらに解説しています。ぜひご覧ください。
橘 玲(作家)