TSMC創業者モリス・チャン氏の「二枚舌」 米国に辛辣、日本には“おべっか”を使う理由
(湯之上 隆:技術経営コンサルタント、微細加工研究所所長) ■ モリス・チャン氏の異なる発言 【本記事の写真】TSMC創業者のモリス・チャン氏 台湾のファウンドリーTSMCは、米国アリゾナにも、日本の熊本にも、前工程の工場を建設している。その2カ所の半導体工場の記念開設式典で、TSMC創業者のモリス・チャン(張忠謀)氏は、まるで異なるスピーチを行った。 まず、2022年12月6日、アリゾナ工場の開設式典では、バイデン大統領や最大のカスタマーである米アップルのティム・クックCEOなどの重鎮が参列する中で、チャン氏は、「グローバリズムはほぼ死んだ。自由貿易もほぼ死んだ。多くの人がまた復活すると願っているが、私はそうなるとは思わない」と弔辞ともとれるようなスピーチを行った(日経新聞2022年12月9日)。 一方、2024年2月24日に行われた熊本工場の開所式では、斎藤健経済産業相、ソニーグループの吉田憲一郎会長、トヨタ自動車の豊田章男会長ら要人がずらりと並ぶ中、チャン氏は、「半導体供給の強靱さを日本や世界にとってさらに強化することができる」「半導体製造の日本におけるルネサンスの始まりであることを信じている」と賛辞を述べたという(熊本日日新聞2024年3月2日)。 一体なぜ、チャン氏は、米日の2カ所の記念開設式典で、真逆の内容のスピーチを行ったのか? その根拠については、アリゾナ工場と熊本工場における、これまでの経緯を調べてみると、明らかになってくる。
■ のろまな米国に腹を立てたモリス・チャン氏 TSMCが、米国政府からの再三にわたる誘致を受けて、アリゾナに進出することを決定したのは、2020年9月14日のことだった。そしてTSMCは、その約1年後の2021年11月に120億ドルを投じて工場建設を開始した。当初は、テクノロジーノードは4nm、月産2万枚を想定していた(図1)。 【本記事は多数の図版を掲載しています。配信先で図版が表示されていない場合はJBpressのサイト(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/80360)にてご覧ください。】 しかし、その後の米国の動きは非常にのろかった。米国の半導体製造を強化し、520億ドルの補助金を投じるための法律CHIPS法が成立したのが2022年8月9日であり、TSMCがアリゾナ進出を発表してから約2年が経過していた。 一方、TSMC熊本工場はどうか。TSMCが熊本に進出し、テクノロジーノードは28/22nmで、月産4.5万枚の前工程工場を建設することを発表したのは2021年10月14日だった。そして、その約2カ月後の12月20日には、半導体の新増設を支援する改正法が国会で成立した。 翌2022年2月15日には、ソニーとデンソーが資本参加することになり、テクノロジーノードは28/22nm~16/12nmとなって、生産キャパシティは月産5.5万枚に拡張された。そして、同年6月17日には、工場建設投資額の約半分の4670億円の補助金が正式に認可された。