『相棒』が提示した“芝居”の存在意義 亀山の妻・美和子の言葉に詰まった女性の生きづらさ
「交響曲はホールによってかなり響きが違うんですよ」とワクワクしながら博識ぶりを披露する右京(水谷豊)に、「楽しみですね~! ぐっすり寝られそうです」と返す亀山(寺脇康文)。そしてそれに怪訝そうな声を出すが、怒るわけでもなく「いびきだけはやめてくださいね」と忠告した右京。このテンポの良いやりとりに「たしかに亀山はいびきをかきそうだなー」と笑っていると、これが後々、重要な伏線となることに気付けない。『相棒 season22』(テレビ朝日系)第4話は、どんな些細なシーンでも片時も見逃せないのが『相棒』というドラマであることを実感させられた回となった。 【写真】「こてまり」で食事をする水谷豊、寺脇康文、鈴木砂羽 右京と亀山が連れ立ってクラシックコンサートに向かっていると、道端で血まみれの女性に遭遇する。部屋を確認してみると、ナイフが胸に突き刺さった男性の遺体が。署で事情を聞くと、女性は小さな劇団を主宰する久保崎美怜(藤井美菜)という女優で、死亡した男性は数日前、オーディションで審査員を務めていた舞台演出家だという。 美怜は、男性にしつこくつきまとわれた上、突然マンションに押し掛けられ、乱暴されそうになったと証言。無我夢中で抵抗するうち、ナイフが刺さってしまったという。亀山は正当防衛だと直感するが、右京は状況に違和感を覚え、捜査を開始。美怜の周囲を調べると、彼女について「才能溢れる女優だ」という人もいれば「才能に悩んでいた」という人も。さらに、美怜と被害者はオーディションが初対面ではないことや美怜には自殺した妹がいたことも判明し……。 右京と亀山の捜査は右京のひらめき主導で進んでいくこともあるのだが、今回は捜査が確実に進んでいく過程が描かれた。その中では、右京が今や“密偵”のように頼りにしている「トリオ・ザ・捜一」のひとり、出雲(篠原ゆき子)からの報告や亀山がひとりで美怜の家族について調べる様子など、右京が周りの人と協力していることが窺えた。誰にも頼らず、自分だけで行動していた最初の頃の右京とは全く違う姿がそこにはあった。多くの“相棒”と長い時を過ごしてきた彼はいつの間にか、頼るべき人を頼って必要な情報を得る、疑いを一つ一つ潰して、真実の道のみを残していく捜査スタイルを確立したのだ。淡々としているが、論と証拠を着実に積み上げていく右京にグッときてしまった。 業界の中では女癖が悪いという噂が立っていた被害者は、オーディションで会った美怜に特別な関係になることで優遇することを匂わせていたし、美怜の妹に乱暴した過去があったことも分かった。突然、不幸な事件に巻き込まれることに性別は関係ないだろうが、事実として女性は男性に物理的な力では勝つことはできない。「女ってだけでね、生まれた時からたくさんめっちゃ危険と恐怖にさらされてるわけですよ、うちらは」という、亀山の妻・美和子(鈴木砂羽)の言葉に思わず唸ってしまった人も多いのではないだろうか。 同じ話を右京から聞いて、家庭料理屋「こてまり」の女将である茉梨(森口瑤子)は「男性とか女性とかそういう区別はやめにして、みんな同じ人間でいい。大切な人と一緒にいて、その人を応援する、(自分が)応援される。それだけでもっと楽な幸せな気持ちになれるんじゃないかな」と微笑んだ。少しでも早く、そんな世界になるといいのにとしんみりしてしまった。 事件の鍵となったのは、一部始終が録音されていた音声の残響だった。美怜を問い詰める際、どうしても妹の件に触れなければならず、亀山は一瞬、躊躇するように声を詰まらせた。きっと辛いことを思い出させたくはなかったのだろう。一瞬の仕草に亀山の人なりがよく出ている。殺人事件にまで発展するのはよくないことだが、実際に美怜やその妹のように思い出したくもないことで苦しんでいる人たちはたくさんいる。右京は「芝居は本来、人を幸せにするものではないでしょうか」と言ったが、こうして現実に直面させてくれるのもまた芝居のすごさなのだ。
久保田ひかる