話題の俳優・河合優実が熱演『あんのこと』をレビュー【シネマナビ】
一年365日、映画&ドラマざんまいの今 祥枝が、おすすめの最新映画をピックアップ! 今回は、新型コロナウイルス禍の2020年に命を絶った女性の実話に基づく『あんのこと』をレビュー。 今 祥枝がレビューする【おすすめシネマ】 フォトギャラリー ナビゲーター 今 祥枝 一年365日、映画&ドラマざんまいのライター、編集者。編集協力に『幻に終わった傑作映画たち』(竹書房)。
『あんのこと』 懸命に生きた女性の短い人生が私たちに伝えるもの
テレビをつけてもSNSを見ても、つい目をそらしたくなるようなニュースが日々目に入る。そのいずれにも心を痛めていたとしても、メディアが報じなくなれば関心は薄れていく。それでも、誰かが「このことは絶対に忘れてはならない」という使命感を持って映画として描くことで、多くの人の記憶を喚起し、記録として残すことができる。新型コロナウイルス禍の2020年に命を絶った女性の実話に基づく『あんのこと』は、まさにつくり手のそうした切迫した思いが詰まった作品だ。 香川杏(河合優実)は、ホステスの母と足の不自由な祖母の生活を支えながら、団地で暮らしている。酔った母親に虐待されて育ち、小4で不登校になり、12歳で初めて体を売らされた。お金はすべて母親に奪い取られ、薬物依存で売春の常習犯である彼女は、自分が地獄にいることさえ認識できずに生きてきた。 転機が訪れたのは2018年。初めて警察に捕まったときの担当刑事・多々羅(佐藤二朗)が、親身になってくれたのだ。翌年には生活保護の申請をし、薬物更生者の自助グループにも顔を出すようになる。新しい仕事も見つかり、多々羅の後押しによってなんとか母親の呪縛を断ち切ろうとする杏。しかし、さらなる悲劇が杏を襲い、追い討ちをかけるようにパンデミックが世界を変え、彼女の生きる道を社会が閉ざしてしまう。 映画は耐え難いほどのつらい現実を描き出す。そんな中にも杏が喜びや幸せを感じた瞬間を、はっとするような鮮烈さで伝える河合優実の熱演に心打たれる。それは、私たちに生きることの意味を実感させるものだから。 フィクションとして、杏が幼い子どもの世話を焼くくだりがある。戸惑いながらも、杏は子どもを慈しみ、愛情を抱く。虐待は世代間で連鎖していく場合があるという専門家の指摘を踏まえて、入江悠監督は「杏ならば負の連鎖を断ち切れたんじゃないか」と考えたという。彼女には生きて、幸せになる権利があった。子どもや若者の未来を守ることができない社会について考えずにはいられない。 監督・脚本/入江悠 出演/河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎ほか 配給/キノフィルムズ 公開/6月7日(金)より新宿武蔵野館ほか 全国公開 ©2023『あんのこと』製作委員会 ※BAILA2024年7月号掲載