ファンに愛されたマイケル・ガンボン…「ハリー・ポッター」ダンブルドア役での名演を振り返る
2023年9月28日に82歳で逝去した、アイルランドの世界的名優マイケル・ガンボン。英国のロイヤル・ナショナル・シアターの舞台に立ち、『インサイダー』(99)、『スリーピー・ホロウ』(99)、『英国王のスピーチ』(10)といった数多くの映画やテレビドラマで活躍。1998年にはその功績を称えられてナイトの爵位を授与されているが、とりわけ2000年代以降の映画ファンには、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(04)をはじめとする「ハリー・ポッター」シリーズにおけるアルバス・ダンブルドア校長役で親しまれていた。ここで改めて、その名演を振り返っていきたい。 ■ダンブルドアの人間的な一面を表現したマイケル・ガンボン 【写真を見る】強さや聡明さだけでなく、ダンブルドアの人間的な内面の弱さも表現したマイケル・ガンボン 当初、ダンブルドアを演じていたのは同じくアイルランド出身で、『キャメロット』(67)、『許されざる者』(92)、『グラディエーター』(00)などに出演したリチャード・ハリスだった。しかし、第2作『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(02)がハリスの遺作となったため、そのあとをガンボンが引き継ぐことに。シリーズを重ねるごとにシリアスになっていく「ハリー・ポッター」だが、ハリスが出演した第1作と第2作はファンタジーらしいワクワク感にあふれていて、ダンブルドアもハリー(ダニエル・ラドクリフ)たちを包み込む安心感があり、いたずらっぽい笑顔を浮かべるチャーミングなキャラクターだった。 ところが、第4作『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(05)で史上最強の闇の魔法使い、ヴォルデモート(レイフ・ファインズ)が復活。苦難にさらされるダンブルドアは、強さだけでなく、怒りや迷い、内面的な弱さも見せるなど、より人間的な一面を露わにしていく。そんなダンブルドアをガンボンは、シリーズ6作にわたって見事に体現していた。 ■『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』 新学期始まりの宴で闇の魔術に対する防衛術の新任教授に就任したリーマス・ルーピン先生(デイヴィッド・シューリス)を紹介するシーンで、ガンボン版ダンブルドアが初登場する。“アズカバンの囚人”ことシリウス・ブラック(ゲイリー・オールドマン)が脱獄したことを受け、魔法省の要請でホグワーツをディメンター(吸魂鬼)が警備することになり、その危険性についても説明。本作が前2作とは異なり、ダークなテイストの作品であることがほのめかされた一方、「暗闇のなかでもあかりは灯すことはできる」と生徒たちを優しく励ます姿が印象的だった。 終盤では、無実が発覚するもディメンターのキス(=魂を吸い取られる)を受けることになったブラックを救いたいと懇願するハリーたちに対し、ハーマイオニー(エマ・ワトソン)が時間が重複する授業を受けるために所持していた”タイムターナー”を利用することを示唆。ただその方法も、「“時間”は不思議なもの」と遠くを見つめながら独り言のようにつぶやいたと思ったら、今度は「(タイムターナーを)3回、回せばよい」とはっきり示してみるなど、遊び心を感じさせるキャラクターは相変わらずだった。 ■『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』 約100年ぶりに開催されることになった「三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)」の模様が描かれた第4作。“炎のゴブレット”が選出した各校の代表選手をダンブルドアが発表していくなか、4人目の選手として年齢制限で本来立候補できないはずのハリーが選ばれてしまう。この際の戸惑いの表情、少し声を荒げながらハリーを呼ぶ姿、マクゴナガル先生(マギー・スミス)に大会の中止を提言されるなか、迷いを抱えながらも続行を決断する様子からも、予想だにしない事態に直面していたことがうかがえる。 最終課題の終盤、アラスター・ムーディ(ブレンダン・グリーソン)に化けて校内に潜入していたバーティ・クラウチ・ジュニア(デヴィッド・テナント)の策略で、ハリーは墓地に送られ、そこでヴォルデモートの復活を目の当たりにする。犠牲になったセドリック・ディゴリー(ロバート・パティンソン)の遺体と共にホグワーツに戻って来たハリーをクラウチ・ジュニアが尋問し、亡き者にしようとした時の、ダンブルドアの怒りはすさまじい。部屋に入って来るなり武装解除の呪文で杖を取り上げ、そのまま壁際に押しつけるとスネイプ(アラン・リックマン)に真実薬を要求し、あらいざらい吐かせていた。これまでのゆったりとした優雅な身のこなしから一転、内に秘めた荒々しさを垣間見せたシーンだった。 ■『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』 ヴォルデモートが復活したことを魔法省は認めず、苦境に立たされる第5作『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』(07)のダンブルドア。ディメンターを追い払おうとやむなくマグル(人間)の前で魔法を使用したハリーを弁護するため、尋問会に現れた彼が魔法省大臣のコーネリウス・ファッジ(ロバート・ハーディ)に「闇の帝王の復活は疑いようもない」と訴えるも、「復活はあり得ない!」と突っぱねられた際の落胆の表情からも状況の深刻さが慮られる。 第5作最大の見せ場となるのが、ダンブルドアとヴォルデモートによる本格的な魔法バトル。これまでにも魔法を使って敵や怪物を攻撃するシーンはあったが、魔法使い同士が、しかも作中トップの実力を持つ2人が戦うさまに興奮したファンは多いはず。呪文を唱えることなく杖のモーションだけで、燃え盛る炎で巨大な大蛇を作りだしたり、球状の水流で相手を飲み込んだりと大迫力のバトルが展開された。しかし、まさに全盛期というヴォルデモートに押される場面も目立ち、ダンブルドアは己の衰えと強大な敵の力を目の当たりにする…。 また、本作においてダンブルドアはハリーをどこか遠ざけるようにしていて、結果的にハリーはシリウスを失うなど深く傷つくことになってしまった。そのことについてダンブルドアはハリーに謝罪し、自分たちの絆がヴォルデモートに利用されるのを恐れていたことを明かしている。ハリーたち劇中の登場人物はもちろん、観客にとっても絶対的な存在だったダンブルドアが自身の過ちを認め、後悔を見せる興味深いシーンになっている。 ■『ハリー・ポッターと謎のプリンス』 第6作『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(09)では来るヴォルデモートとの戦いに備えて、“個人授業”をダンブルドアとハリーが実践する。それは“憂いの篩”に保存された記憶を通して、ヴォルデモート=トム・リドルが闇の魔術に傾倒していった経緯を探っていくというものだった。そして、ホグワーツ生時代のトム・リドルを特に気に入っていた新任の魔法薬の教授、ホラス・スラグホーン(ジム・ブロードベント)から“分霊箱(魂を切り分けて不死身になる禁忌の魔法)”にまつわる記憶を入手する。 これまでの先生と生徒という関係性から、本作ではヴォルデモートと共に戦う同志となり、ハリーに対する信頼の高さも感じさせる。7つに分けられた分霊箱(すでに2つは破壊済み)の1つが隠されている洞窟に向かう際には、ハリーを同行させる条件として「命令にすべて従う」ことをダンブルドアは提示。それは場合によってはダンブルドアを見捨てて逃げろということで、その険しい面持ちにはどこか不安を感じてしまう。そして、分霊箱を手に入れるためには毒薬を飲み干さなければならず、「悪かった」「やめてくれ」と泣き叫びながら飲み続けるダンブルドアの姿はかなりショッキングだった。 しかし、観客が抱く不安はここでは終わらない。なんとかホグワーツへ戻ってきたダンブルドアとハリーだが、学校はマルフォイ(トム・フェルトン)が手引きした“死喰い人(デス・イーター)”たちの攻撃を受けていた。衰弱していたダンブルドアは追い詰められ、スネイプに「頼む」と言い残すと、彼が放った“死の呪い=アバダ ケダブラ”を受けて塔から枯れ葉のように落下していくのだ…。これはシリーズにおける精神的支柱が失われた瞬間であり、悲しみで心にぽっかりと穴が空いた感覚を覚えた人も多いだろう。 このように、シリーズ史上最も暗い第6作だが、ハリーと行動を共にするシーンが多いので、ガンボンの名演をじっくりと堪能できる作品とも言える。洞窟へ向かう前、16歳になったハリーを見たダンブルドアが、「ヒゲが伸びとる。成長したな、いまだに君が物置にいた小さな男の子に見える」と感傷に浸っていた。何気ない言葉だが、ハリーに対する愛情の深さがあふれだし、その後の展開を考えると、自身がたどる運命やハリーたちに背負わせてしまう重荷を申し訳なく感じている心情を表現しているとも思えてならない。 ■『ハリー・ポッターと死の秘宝』 原作小説の最終巻を2部作で映画化した『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』(10)と『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』(11)。ダンブルドア亡き世界の物語だが、ハリーとロン(ルパート・グリント)、ハーマイオニーにそれぞれ、金のスニッチ、灯消しライター、「吟遊詩人ビードルの物語」の本を遺品として送り、袂を分かった弟に死別した妹の存在、闇の魔法使いであるグリンデルバルドとの関係も示唆されるなど、依然としてキーマンとして登場する。そのなかでも印象的なのが、ハリーが今際のスネイプから託された記憶のなかで見たダンブルドアと、ヴォルデモートの放った呪いを受けたハリーが“死後の世界(?)”で出会うダンブルドアだ。 前者では、スネイプのハリーの母リリーに対する想いと、彼女の死を受けて、ダンブルドアの指示でハリーを見守ってきたことが明かされる。そして、いずれ復活するヴォルデモートとの戦いに備えて行動していたことも映しだされるが、その最後に、ハリーのなかにはヴォルデモートの魂の一部が入り込んでいて、ハリーが死ぬ運命にあるという残酷な真実も告げている。愕然とするスネイプの視点を考慮する必要もあるが、このシーンのダンブルドアからは非情さ、後ろめたさが感じられる。 真っ白なキングス・クロス駅に似た幻想的な空間でハリーが出会う後者のダンブルドア。ハリーはヴォルデモートが期せずして作ってしまった分霊箱であり、彼自身の呪いによって破壊される必要があったこと、そしていまは解放されたことを説明し、ハリーの選択次第で元の体に戻れると語って消えていく。ここでのダンブルドアは穏やかな表情を浮かべていて、明確な答えではなくヒントだけを与えて決断はハリー自身に委ねる、おなじみのつかみどころのない空気を纏っている。ガンボンが演じる最後のダンブルドアとしてふさわしい登場シーンだった。 ■ファンに愛されたマイケル・ガンボン 『謎のプリンス』では地面に横たわるダンブルドアを目にし、その死を悼む教師と生徒たちが杖を空に向けて掲げるシーンがあるが、ガンボンの訃報が流れた際には、ユニバーサル・オーランド・リゾートの「ハリー・ポッター」エリアに集まったファンがホグワーツ城に向けて同じように杖を掲げたという。こういったエピソードからも、彼がいかにファンに愛されていたかを知ることができる。ガンボンが残した名演は、数多くの出演作はもちろん、「ハリー・ポッター」シリーズでいつまでも触れることができる。 文/平尾嘉浩