【メタボリックドミノと健康寿命】肥満を出発点とするドミノ進行の主役は“腸と腎臓” 「幸福寿命」を延ばすための考え方とは【専門医が解説】
生活習慣の乱れから肥満になり、その後、臓器同士の連関によって、次々と病気を発症していく状態を「メタボリックドミノ」という。病気の重積によって動脈硬化が進むと、心筋梗塞や脳卒中を発症、やがて糖尿病を併発して血管系の病変はさらに悪化し、神経障害や失明、腎臓病による人工透析などを余儀なくされるケースもある。このメタボリックドミノを防ぎ、生活習慣病を予防する鍵となる臓器が「腸と腎臓」だという。シリーズ「名医が教える生活習慣病対策」、メタボリックドミノの概念を確立した慶應義塾大学予防医療センター・伊藤裕特任教授が解説する。【メタボリックドミノと健康寿命・後編。前編から読む】 【イラスト】脳に作用して満腹感をもたらす GLP-1 受容体作動薬の作用メカニズム
糖分と脂肪の過剰摂取がドミノを倒す
メタボリックドミノは「生活習慣の乱れ」による肥満を出発点としますが、肥満よりも“上流”にある「腸の炎症」が深く関わっていることを、動物実験によって2016年に我々は明らかにしました。マウスに高脂肪食を継続して与えたところ、腸に炎症が起こり、さらに炎症は内臓脂肪に波及し、様々なメタボの症状が引き起こされたのです。一方、遺伝子操作で腸の炎症を抑制すると、いくら内臓脂肪が蓄積してもメタボの症状は起こりませんでした。つまり、メタボリックドミノは腸の炎症から始まるということです。 その後、脂肪と糖分を同時に摂取すると、腸の炎症が起こりやすくなることがわかりました。糖分の過剰摂取は腸内細菌の働きを抑制し、腸内の免疫細胞が持つ防御力を弱めます。その後、腸管の表面を覆う細胞によって作られる防御壁が壊れ、そこから脂肪が体内に入りやすくなるのです。体内に脂肪が入り込むと、炎症を引き起こす化学物質「炎症性サイトカイン」が大量に分泌され、腸炎を起点としたメタボリックドミノの最初の駒が倒れはじめます。脂肪と糖分は過剰に摂取すると体に悪いのはもちろん、一気にメタボリックドミノを進めてしまうのです。
“貪欲な臓器”がメタボリックドミノの進行役
メタボリックドミノを進行させるリスク要因として、慢性腎臓病(以下、CKD)が大きく関わっていることがわかってきました。CKDはメタボリックドミノの流れの中では中流にあり、糖尿病と同じ時期に発症します。CKDを発症すると、腎臓機能が低下するだけでなくメタボと合併症をそれぞれ進行させます。つまり、体全体に影響を与えるということです。 メタボが腸炎から起こることを考え合わせると、メタボリックドミノ進行の主役となるのは腸と腎臓です。腸と腎臓はとてもよく似た臓器で、ともに「吸収」を担っています。腸は、食物から得られた栄養分を消化吸収して体内に取り込みます。一方、腎臓は尿を排出するので「吸収」とは無関係のように思えるかもしれませんが、体内の老廃物を一旦排泄して100Lもの尿の元=原尿を作り出します。その後不要なものを取り除き、尿にあふれ出たエネルギー源である糖分や、酸素や栄養分を体の隅々まで運ぶために必要な血圧を作る塩分(ナトリウム)などを再吸収して体に戻しているのです。 この糖分と塩分を効果的に吸収するための“運び屋”の働きをしているのが「SGLT(ナトリウム糖共輸送体)」です。糖分と塩分を大量に摂り続けると、私たちの体はSGLTを活性化させて、本能的に糖分と塩分を体に取り込もうとします。私はこのような性質を持つ腸や腎臓を“貪欲な臓器”と呼んでいますが、腸と腎臓には過剰な負担がかかり、糖尿病や高血圧、CKD、心不全、脳卒中につながります。 SGLTは1980年代に発見された蛋白質の一種で、腸と腎臓などに存在し、それぞれ主にSGLT1、SGLT2が存在します。SGLT2阻害薬は2型糖尿病の治療薬として処方されています。2014年、SGLT2阻害薬が保険承認されました。SGLT2阻害薬は、糖尿病による高血糖で尿に漏れ出た大量の糖分を再吸収しようとする“貪欲な臓器”である腎臓の働きを抑制するため、体外に糖分を排泄して血糖値を下げる効果があります。実際にこの薬を投与すると、血糖値が大きく下がるだけでなく、腎臓病や心不全の改善効果がみられ、死亡率まで低下しました。こうした点でSGLT2阻害剤の注目度はとても高く、腎臓病や心不全でも追加承認されているタイプもあります。
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