AI失業に備えて認知しておくべき“ゴーストワーク”とは? 専門家が語る
一般社団法人ウェブ解析士協会は12月16日、同協会が認定したSNSマネージャー有資格者を対象に実施した調査「SNS流行語ランキング年間大賞2023」を発表。1位は「ChatGPT/生成AI」が輝いた。 【写真】駒澤大学経済学部准教授・井上智洋 (参考:SNS流行語ランキング年間大賞2023) ChatGPTをはじめとした生成AIは2022年末ごろから注目されたが、当初は生成AIが作り出すものは低クオリティなものばかり。しかし、徐々に精度が上がり、いまでは人間と同等、場合によっては人間をしのぐ文章やイラストを生成するまでになった。その結果、ビジネスの現場でも生成AIを活用するケースは増えており、今後ますます私達の日常に浸透していくことが予想される。 生成AIの普及により業務の効率化が図れることはありがたいが、その反面、AIに仕事を奪る“AI失業”を懸念する人は少なくない。実際のところ、AI失業は起こり得るのだろうか。駒澤大学経済学部准教授で、2023年11月7日にSBクリエイティブより『AI失業 生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?』を発売した井上智洋氏に話を聞いた。 ・税理士や弁護士も“例外”ではない ――現段階ですでにAI失業は起きているのでしょうか? 井上智洋氏(以下、井上):特にクリエイティブ業界では顕著です。たとえば、アメリカでは2023年7月ごろから俳優の労働組合によるストライキが起きました。その背景には、俳優達の顔や身体をスキャンしてAIによって動作する“デジタルレプリカ”があります。俳優側としてはデジタルレプリカの規制などを訴えており、ストライキ自体は11月になんとか終息しました。とはいえ、確実にAIが労働現場に浸透していることを示すニュースです。 ――クリエイティブ業界こそ、AIに代替えされにくい業界と思われていましたが。 井上:生成AIを活用すれば、簡単に、迅速に、安価に、誰でも曲や絵を創作することができます。クリエイティブ業界はもともと狭き門だったのですが、今後はAIとも戦わなければいけず、そうした業界で食べていくのはますます難しくなるでしょう。 ――クリエイティブ業界以外ではどういった業界でAI失業が起きていますか? 井上:金融業界では生成AIが流行る以前から、AI失業が生じています。アメリカでは、証券アナリストや保険の外交員、資産運用アドバイザーなどで雇用が減っています。金融業界は数値データを扱うことがメインであり、そもそも人間よりもコンピュータに向いている分野と呼べるかもしれません。 ――頭を使う仕事はむしろAIの得意分野と言えますね。 井上:金融業界に限らず、バックオフィス業務を担うホワイトカラーも例外ではありません。また、ChatGPTに代表されるように文章を生成してくれるAIが登場したことにより、困ったときに適切なアドバイスを求められるようになりました。税理士や弁護士、コンサルタントといった専門職の需要にも大きな影響を与えかねません。 ・“AI失業した人数”は把握しにくい ――聞けば聞くほどAI失業が今後日本でも起こり得ることなのかわかります。とはいえ、日本では現在そこまで「AIに仕事を奪われた」という話は聞きませんが。 井上:日本ではアメリカに比べると簡単に解雇できないため、AIに業務が代替されても、配置転換で済んでいるといえます。それに、そもそも解雇が難しいために、AIが導入されにくいとも言えます。 ――“AI失業した人数”は把握しにくいと。 井上:そうです。アメリカでも同様で「1~8月の間で約4000人のAI失業が起きた」と報じられましたが、そうして数値データ化されるのは氷山の一角です。恐らくはその10倍以上の人が影響を受けていると推測しています。それに、生成AIは普及が始まったばかりで、今後はAI失業が加速していく可能性があります。 ――逆にAI失業が起こりにくい職種などを教えてください。 井上:まずホワイトカラーの職種で言うと営業職。中国などではライブ配信しながら商品やサービスを紹介する“ライブコマース”が普及しており、昼間8時間は人間が担当し、他の16時間はAIが担当する、というような役割分担が起きています。このように、BtoCのような営業職はAIによる代替が進んでいくでしょう。その一方で、BtoBの営業職は残りやすいです。やはりBtoBは大きなお金が動くため、企業としては慎重にならざるを得ません。いかに営業先を信用できるかがなにより重要。信用を獲得することはAIには難しく、そこは人間だからこその領域になります。 ――他に、AI失業が起こりにくい職種は? 井上:ブルーカラー全般が挙げられます。頭脳労働であるホワイトカラーとは異なり、ブルーカラーを代替するにはロボットのような物理的な機械を導入しなければいけません。今でも、飲食店のホールスタッフとしてロボットが導入されていますが、それは資金力のある大手飲食チェーンに限った話。AIに比べてロボットの導入コストは圧倒的に高いため、ブルーカラーの仕事が脅かされることはしばらくはあまりないでしょう。 ・ブルーカラーの待遇改善が急務 ――AI失業と聞くと不安な気持ちになります。しかし、AI失業が起きることによって人手不足の業界に人材が流れる、というポジティブな側面もあるのでは? 井上:たしかにアメリカではコールセンターや旅行代理店など、AIによって業務を減らされたりAI失業したりした人が、清掃業界や介護業界といった人手不足の業界に流れる動きは見られています。 ――日本ではまだ見られていないのですか? 井上:やはり解雇規制の違い、AIが導入されるスピードなどもありますが、人手不足の業界にあまりポジティブなイメージを持たれていないことも大きいです。 ――イメージの問題で転職に踏み切る人が少ないと。 井上:ブルーカラーをネガティブなイメージにしてしまっている一番の要因は低賃金が挙げられます。保育士や看護師、介護士など“公定価格”といって政府が賃金を調整できる仕事もあるのですが、そういう仕事ですら人手不足であるにもかかわらず、十分な賃上げがなされていません。公定価格が引き上げられれば、その波及効果で建設業や運送業などの民間部門でも賃上げがなされると思います。 ――政府主導で待遇改善に動いてくれれば、AI失業に怯える心配もなくなりそうです。 井上:もちろんAI失業への対策として政府には早急な待遇改善を求めたいですが、大前提としていま現在のブルーカラーの仕事は給与が明らかに低い。にもかかわらず、ブルーカラーに従事している人のなかには「待遇改善が低いのは当然」と諦めている人は珍しくありません。しかし、当然なんてことはない。ブルーカラーとして私達の生活を支えてくれる人達には、AI失業に関係なく待遇改善の声を上げていってほしいです。 ・“AIのフォロー”という仕事の誕生 ――AIが労働市場に進出することによって生まれる仕事もあるのではないですか? 井上:もちろんあります。“ゴーストワーク”と呼ばれており、シンプルに言うとAIがうまく機能するために、人間がフォローする仕事です。たとえば、SNSなどで暴力的な画像を投稿できないようするためには、人が暴力的な画像がどうかをラベル付けして、そうしたデータをAIに読み込ませ、「機械学習」させなければなりません。そうしたラベル付けの仕事がゴーストワークの一例です。 ――AIが不完全だからこそ生まれる業務ですね。 井上:アメリカでは現在ゴーストワークが増えています。ただ、長期間勤務する仕事ではないため、雇用契約を結ばず短期的に仕事を受ける“ギグワーク”的な働き方が一般的。当然生活は安定せず報酬自体も特に良いわけではありません。 ――ゴーストワークが日本でも広まれば格差はより開きそうな……。 井上:アメリカでも専門家が「ゴーストワーク向けの労働組合を作るべき」「安く使い倒すべきではない」と主張していますが、私も同意見です。ゴーストワークのような“AIには難しいけど必要不可欠な儲からない仕事”は今後続々登場するため、いまからゴーストワークの存在を知っておくことは大切です。 不平不満にアンテナを張る ――最後にAI時代にビジネスパーソンとして、どういうスキルなどが求められるようになりますか? 井上:いまのAIは結局指示されないことには動けません。AIと競合しやすいホワイトカラーに従事する人は特に、能動的・積極的に考えて動けるようにならないと厳しいです。 ――AIでは担えない部分を伸ばす必要がありそうですね。 井上:そのなかでも問題を発見し解決する能力はとても重要です。 ――どのように問題発見能力を身に着けると良いですか? 井上:自分自身が抱えている不平不満を大切にすることです。その不平不満を抱えていることは自分だけとは限りません。多くの人がその解決を望んでいれば、それだけビジネスチャンスは広がります。たとえば、背中がかゆいけどかきにくいという不満から、孫の手のような商品が生まれたものと考えられます。まずは日常の不平不満や文句をメモ帳やSNSなどに書き込んでみると良いと思います。
望月悠木