白川方明 人口減少問題の深刻さが認識されない5つの理由
私は「人口戦略会議」(三村明夫議長)のメンバーとして、本年1月に公表された報告書(『人口ビジョン2100』)の作成に関わった。報告書は国難とも言える少子化・人口減少問題について幅広い観点から提言を行っており(本誌2月号参照)、ぜひ多くの人に読んでいただきたいと思っている。そして何よりも国民的な議論が進み、人口減少問題への取り組みが現実に進むことを切に願っているが、そうなるかどうかは多くの人がこの深刻さを「自分ごと」として認識するかどうかにかかっている。 (中略)
1990年代の不良債権問題と類似
私はこの人口減少問題への取り組みの遅れという現状を見ると、1990年代前半に日本銀行で不良債権問題に取り組んでいたときに痛感した世論との認識ギャップと、人口減少問題をめぐる現在の状況が恐ろしく似ていることを感じ、そのことに焦燥感を覚える。 不良債権問題は放置すると先行き多くの国民の生活に深刻な影響を与えるマクロ経済の問題であるにもかかわらず、そうした理解を得ることが難しかった。当時、不良債権問題はバブル期に無分別な貸出を行った銀行の経営の不始末の問題との認識が強く、世論は金融機関に対する公的資金の投入に対して批判的であった。このため、不良債権問題の解決に向けた施策は非常に遅れ、その後の日本の経済や社会に甚大な影響を及ぼした。今思い出しても、実に残念なことであった。しかし現在、人口減少問題という、不良債権問題よりもさらに深刻な影響を及ぼす問題への取り組みで、全く同じことが進行している。 私は今、少子化・人口減少問題と不良債権問題の類似性を述べたが、重大な違いもある。不良債権問題は問題を先送りしても、一定の臨界値を超えると、金融機関は資金繰りが付かなくなる結果、やがて深刻な金融危機という明確な破局が到来する。1997年秋は、まさに日本の金融システムがメルトダウンしかけた時期であった。 これに対し、少子化・人口減少問題については近い将来、そうした明確な破局は到来しない。冒頭の人影のまばらなボートのイメージと重なるが、客観的には危機は進行するものの、それはあくまでも静かな危機が確実に深まっていくという性格のものである。静かであるがゆえに、危機意識は高まらず、必要な行動はとられにくい。