日本でも深刻…できない上司のミスを「尻ぬぐい」するだけの無意味な仕事に苦しむ部下たち
「クソどうでもいい仕事(ブルシット・ジョブ)」はなぜエッセンシャル・ワークよりも給料がいいのか? その背景にはわたしたちの労働観が関係していた?ロングセラー『ブルシット・ジョブの謎』が明らかにする世界的現象の謎とは? 【写真】日本人が知らない、「1日4時間労働」がいまだ実現しない理由
尻ぬぐい
「取り巻き」と「脅し屋」のつぎは、「尻ぬぐい」です。原文では、duct tapers。ガムテープのような補修テープを意味するのですが、ソフトウェア産業で、補修作業についてこの言葉が用いられていたようです。 グレーバーはそれを使いながら、さらに一般化できるといっています。要するに、ダクト・テーパーとは「尻ぬぐい」であって、「組織のなかに欠陥が存在しているためにその仕事が存在しているにすぎない被雇用者」のことです。 「組織のなかの欠陥」には、たとえばわかりやすい例としては、目上の人間の不注意や無能もあてはまります。部下はその「尻ぬぐい」をしなければなりません。 中小企業で働く、マグダという人物の証言があがっています。それによれば、マグダは「テスター」なる役割を引き受けていたようなのですが、その仕事は「花形気取りの統計調査員」が作成した報告書の校正でした。その統計調査員は、統計をよく理解しておらず、かつ文章もひどかった。ところが、修正にもなかなか応じてくれない。そこでマグダは苦しんでいるのです。 ただ、これは一人の人間の欠陥に一人の部下が苦労するという例ですが、もうひとつ、一人の人間の欠陥を部署全体で尻ぬぐいするといった事例もあげられています。精神科医でもある社長の経営する会社にプログラマーとして雇われたヌーリの事例です。 この例も、『ブルシット・ジョブ』のなかで記憶に残るものです。この社長は科学革命家の幻想に酔っていて、人間の発話を再現する「アルゴリズム」を開発するという目標にむかって邁進しています。ところが、 その会社を設立した「天才」が、このウィーンの心理学者で、「アルゴリズム」を発見したとのたまっている人物です。何ヶ月ものあいだ、そのアルゴリズムを、かれはけっしてみせようとしませんでした。なのでここに書くのは、それを使ったプログラムの話です。 その心理学者のプログラムは、妥当な結果をあげることに失敗しつづけました。典型的なパターンはこうです。 ・かれのプログラムが、バカバカしいほど基本的な文章で停止してしまうのをわたしが指摘する。 ・かれは「あれ……変だなぁ……」と眉をひそめ、まるでわたしがそのデス・スター[『スターウォーズ』にでてくる難攻不落な要塞]の取るに足りない弱点でもみつけたみたいに戸惑った顔をみせる。 ・二時間ほど、穴蔵みたいな自室にこもって姿を消す。 ・バグを解決したと勝ち誇って登場──「今度こそ完璧だ!」。 ・ふりだしに戻る(『ブルシット・ジョブ』69ページ) こうした一人の人間の奇矯なるふるまいの後始末を部署全体がやっています。発話を再現するアルゴリズムなどできないことを隠すために、ごくシンプルな発話を模倣するプログラムを作成し、それによって、この会社の内実が漏れるのを阻止しているのです。 基本的に、尻ぬぐいの仕事の多数は、だれもあえて修正しようとしなかったシステム上の欠陥の後始末にあります。手が回らなかったとか、予算が足りなかったとか、人員を減らしたくなかった(部下を減らしたくなかった)とか、組織が混乱しているとか、あるいはその複数とか、いろいろな理由はあります。 その結果、自動化されなかったり、ちぐはぐのままだったり、先ほどみたように不適任者が居座りつづけたりとか、そうした結果が温存されます。それをBSJでカバーするほうが選ばれるのです。 このようなことって、なんとなくわかりませんか? 社内のネットワーク設備の欠陥がいつまでも修正されることなく、それゆえにウェブベースと紙ベースの二つの作業が並行して存在しながら、仕事が倍加するといった経験など、多くの人がざらに経験しているのではないでしょうか。まさにそれは構造的欠陥の「尻ぬぐい」なのです。