アレキサンダー・マックイーン新クリエイティブ・ディレクター、ショーン・マクギアーのデビューショーについて知っておくべき9つのこと
2024年3月2日(仏現地時間)、アレキサンダー・マックイーンの2024年秋冬コレクションが発表された。新クリエイティブ・ディレクターのショーン・マクギアーは、ブランドに新たな“エネルギー”を注ぎたいと語った。 【写真を見る】ショーン・マクギアー率いるアレキサンダー・マックイーンのデビューコレクションをチェック! 土曜の夜にパリの郊外で行われた2024年秋冬ショーで、ショーン・マクギアーはアレキサンダー・マックイーンの新たな時代をスタートさせた。会場となった産業倉庫に到着したゲストは、一席一席に置かれたアシッドイエローのブランケットに身を包んだ。外では激しい雨が降るなか、会場にはちょっとした緊張感が漂っていた。昨年10月にブランドのクリエイティブ・ディレクターに就任した当時、マクギアーはほぼ無名と言っていい存在だった。批評的にも成功を収め、愛されてきた前任者サラ・バートンからバトンを渡された彼は、重責を担いながら多大な期待に応えなければならない。リー・アレキサンダー・マックイーンのもとで25年以上をブランドに捧げ、彼の死後にデザインを引き継いだバートンの後任ともなればなおさらのことである。 親会社ケリングによってその職責を任されたマクギアーは、アレキサンダー・マックイーンの新たなフェーズを率いなければならない立場にある。マックイーンといえば、これまでにもつぶさな研究の対象となってきたブランドであり、例えばシャネルがラグジュアリーと同義であるように、コンセプチュアルなハイファッションにおいて今でも第一線にある存在である。その創業者の因習打破的で反逆精神に満ちた作風は、今も新しい世代のデザイナーやファッション好きを刺激し続けている。重みのあるブランドのレガシーを一身に受け止めたマクギアーのデビュー作は、今シーズンで最も大きな期待と注目を集めたコレクションとなった。 あと数分で午後9時になろうかという頃、しかめ面をした若いモデルが、スクエアなショルダーを備えたサテンのオーバーコートのポケットに手を突っ込んでランウェイを千鳥足で歩いていった。アレキサンダー・マックイーンの新しい男性像である。「マックイーンには独特の語彙があります。ピークドラペルやパワーショルダー、それにウエストも特徴的です」と、マクギアーはバックステージで語った。「それらに新しい“エネルギー”を注ぎ込むことが私の仕事だと思っています」 マクギアーと彼のデビューショーについて、知っておくべき9つのことを以下にまとめた。 ■いかがわしげなスーツ もともとテーラーでもあった創業者リー・アレキサンダー・マックイーンは、身体をエロティックに際立たせる精密な仕立てで知られていた。マクギアーはそのレガシーを大きく取り入れ、彼が「ラフなグラマー」と呼ぶその魅力が、性的な倒錯を感じさせるウエストで縛ったレザーオーバーコートや、危険な香りのするグレーとホワイトのジャケットとドレープ感のあるパンツ、煌めきのあるシャツ、つま先がシャープに尖ったウエスタンスタイルのブローグシューズなどに表現された。 絞ったウエストと力強いショルダーという、マックイーンの特徴的なシルエットバランスを再現した上半身に、マクギアーはゆったりとしたカジュアルなレッグを合わせた。バックステージで彼は、「とても強い個性を持った、唯一無二の人物たち」をイメージしたと語った。何人かがやくざな雰囲気のフェドーラハットを被っていたほか、多くのモデルが、こちらが関わり合いになるのを避けたくなるような睨みの利いた目つきをしていた。 ■馬蹄形ブーツ レディー・ガガが有名にした「アルマジロ」をはじめとしたマックイーンの個性的なフットウェアの歴史に、マクギアーによる印象的なデザインが仲間入りをした。馬のひづめを思わせるシェイプと重量感を持つブーツがそれである。彼の故郷であるアイルランドの移動型民族集団「トラヴェラー」にインスパイアされたものだという。 このブーツが一般販売されるかは今のところわからないが、メゾン マルジェラの「タビ」級のポテンシャルを持っているのは間違いない。ソールには蹄鉄が施され、モデルが歩を進めるたびにカチカチと音を立てていた。 ■マクギアーが語るマックイーン愛 『VOGUE』でニコール・フェルプスにも話しているように、マクギアーはリー・アレキサンダー・マックイーンのことを尊敬してやまない。彼は、マックイーンの反抗的なアティチュードと論争好きなところが現在、特に価値を持ってきていると感じているという。 「リー・マックイーンがかつて発したメッセージは、今の世界で非常に重要だと感じています」と、彼はバックステージで話した。「礼儀正しさや上品さに対して、アンチに構えるという態度に惹かれるんです。現在、私たちはとても控えめな世界にいますから、彼のメッセージがこれまでになく的を射ているように思えるのです」 ■マクギアーはマックイーンのフォロワーではない しかし、ショーン・マクギアーが誰かの系譜に連なるとすれば、それはマックイーンではなくジョナサン・アンダーソンである。マックイーンに参加をする前、彼は2020年に入社したJW アンダーソンでレディトゥウェアを統括する立場にあった。 アンダーソン流のコンセプチュアルな作風は今回のコレクションにも明らかで、モデルの頭まで隠してしまうほど巨大な手編みのセーターや、割れたiPhoneのスクリーンを彷彿とさせる、ミラーのかけらで覆われたトップなどにそれが表れていた。フィナーレを飾ったのは、成形したスティールが自動車のボディを思わせる3着の「カードレス」だった。服そのものではなく、服のシュールな概念が形になったような、まさにアンダーソン的な作品である。 おかしいことに、バックステージで話したマクギアーは話し方までアンダーソンに似ているところがあった。自身のデザインプロセスを説明するつもりで、想像上の抽象的な引用元を参照するあたりがそうである。彼はインスピレーションの一つである、マックイーンの1995年春夏ショー「The Birds」について話していたのだが、まるでアンダーソン本人のアイルランド訛りが聞こえてくるようだった。 ■マクギアーはメンズウェアのエキスパートだ アレキサンダー・マックイーンも、メンズウェアに限っては必ずしも方向性が定まっているとは言えなかった。創業者本人でさえ、ビジネス的にうまくいかなかったメンズラインを2002年から2010年まで中断している。バートンによるメンズウェア、特に彼女のシャープなフォーマルウェアは、ティモシー・シャラメなどのセレブによってレッドカーペットで存在感を放ったが、その彼女もメンズショーを毎シーズン開催することはなかった。 マクギアーの強みは、その分野での経験の深さである。セントラル・セント・マーチンズを卒業した彼は東京に移り、クリストフ・ルメールのもとユニクロのメンズウェアで経験を積んだ。その後、アントワープのドリス・ヴァン・ノッテンを経て、JW アンダーソンにはメンズウェア部門のクリエイティブ・ディレクターとして入社している。 ■リニューアルされたロゴ と言っても、完全な新デザインではない。大文字の「Q」の中に小文字の「c」が収まったロゴは、マクギアーがリー・マックイーンの遺したスケッチから採用したものだ。発表された新ロゴに見られた最も大きな変化と言えば「Alexander」が消えたことだが、広報担当者によるとブランドは今後も「Alexander McQueen」を名乗っていく予定だという。 ■スカルモチーフの復活 透け感のあるシルクのオーバーコートを素肌に羽織ったモデルが手に携えていたのは、赤いLEDのスカルモチーフが不気味に輝くハンドバッグだった。インディー・スリーズ時代のファッションを彩った、マックイーンのあのスカル柄スカーフを憶えているだろうか? キッチュな2000年代スタイルを代表するアイテムがもう一つ、Z世代によってリバイバルを迎えるのかもしれない。 ■ムードボードには車の写真 マクギアーの父親は自動車整備士だった。「子どもの頃は、父と車の話をして育ちました。デザインでは不思議と一致する話題でしたね」と、マクギアーは話す。コレクションで見られたランボルギーニのようなイエローや艶のあるブルーはその個人史にちなんだものであり、かつ「色に対する新しい見方」をブランドに持ち込むものでもあると彼は説明した。 ■マクギアーはエンヤが好き ドラマチックなインストゥルメンタル曲が終わり、エンヤの「Orinoco Flow (Sail Away)」へとフェードしていくと、会場に集った我々ゲストの顔もほころび始めた。私たちはコンクリート製の倉庫に座って、主張の強い服を身に纏った、威圧的な表情をしたモデルたちがランウェイを歩くのをずっと観ていた。そこで最後にループでかかったのが、アイルランドの歌姫による80年代のヒット曲だった。その瞬間に会場全体が、そして服そのものが、それほど重苦しいものではないように思えてきたのである。 マックイーンの功績を重く捉えている人がどれだけ多いかを考えれば、これは興味深い演出だった。マックイーンに関しては、所有者意識とも言うべき精神的な繋がりを感じている熱心なファンや、ハードコアなファッション好きが大勢いる。しかしマクギアーは、彼らをなんとか説き伏せようなどとは思っていないのではないだろうか。 バックステージで、マクギアーは自身が何を目指していたかを説明してくれた。彼はショーのムードを「高揚感」のあるものにしたいと話した。たとえ服が威圧感のあるものでも、彼はそれを楽しみたいというのだ。「私はマックイーンの女性像も男性像も、ともに快活な人物だと思っています」と、彼は言う。「どこかに、何らかの形で軽やかさがあったほうがいいはずです」。彼が約束した通りの新たな“エネルギー”が、そこには感じられた。 From GQ.COM By Samuel Hine Translated and Adapted by Yuzuru Todayama