『イッツ・ダ・ボム』著者、井上先斗さんインタビュー。「自分でもどう表すべきか悩む小説でした」
「自分でもどう表すべきか悩む小説でした」
松本清張賞を受賞した井上先斗さんのデビュー作は、グラフィティ界に突如登場した新鋭「ブラックロータス」の意企をめぐる人々や現象を描いている。 街の壁に、スプレーやマーカーで残された落書き、あれがグラフィティ。一応アートに分類されているが、実情は公共物の破壊行為、犯罪だ。 「あるウェブライターがブラックロータスの正体を調べていく第1部は、名探偵こそ出ないものの気分としては謎解きミステリーのつもりで、第2部はクライムノベルのつもりで書きました。 ただ、殺人などの大事件を扱う話ではないので、この小説をどう表すべきか自分でも不安だったんです。受賞時に米澤穂信先生が“ささやかで切実な犯罪小説”という言い回しをしてくださって、これだ!と」
一見、無法者だらけに思えるグラフィティ界だが、実は各々ポリシーが違う。彼らの多くは街にペイントしたりステッカーを貼る「ボム」という違法行為をする。 しかしその中には、商業アーティストとして成功する者も出てくるし、本書のメインキャラクター〈日本のバンクシー〉ことブラックロータスは、巧妙に公共物を損壊せずにメッセージを伝えることで、大衆からやや好意的な関心を集めた。つまり犯罪者ではない。 片や、昔ながらのボムを続けるTEELは第2部の主要人物。対照的な2人は、何のためにグラフィティをするのか、どちらが善でどちらが悪なのか。読者は徐々に2人の切実な叫びにはまっていく。ストリートを滑走するような臨場感ある描写は、井上さん自身が“そちら側”の人間に違いないと思うほど。
どのニュースもバンクシーを言語化できていないと思った。
「グラフィティの経験はまったくなく、資料で得た知識です。作品として書こうと思ったきっかけは、やはりバンクシー。どのニュースも彼をすごいとは言うけれど、ちゃんと言語化できていない気がしていた。単純に騒がれるだけなら、僕も皮肉で意味深なアートを出せば、それなりに評価されるんじゃないかとも思って(笑)。だから本作の発想が生まれたのは、こういうことをすれば世間はこういうふうに騒ぐだろうとイメージが思い浮かんだからですね」 作者だから当たり前なのだが、ブラックロータスが生み出す作品も世間の反応も、井上さんの想像を超えるものではない。そのせいか、この物語ではイリーガルな人物のほうが魅力的に見える。 「そうですね。TEELは書きながら気持ちよかったですし、彼がつらいときはつらい気分になりました」 日中は会社員というTEELの設定は、井上さん自身を投影した部分もあるのだろうか。例えば時には違法なことをしてみたい、それで自分の存在を残したい願望は? 「どうでしょう(笑)。それこそブラックロータスみたいなことをして騒がれたら面白いかも、そんないたずら心はなくもないです。でもそれは結局、小説を書くことで消化できている気がしますね」