【視点】韓国戒厳令 民主主義守る意識を
民主主義という制度は必ずしも盤石ではなく、一夜にして崩れ去る恐れもある。民主主義陣営の一員である隣国で突如発生した「大統領のクーデター未遂」がそのことを実感させた。 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は3日午後10時半ごろ、緊急談話で「非常戒厳」を宣言。続いて陸軍大将をトップとする戒厳司令部が政治活動禁止、言論統制などの布告令を発表し、軍の兵士が国会に突入した。 しかし国会には定数300人のうち190人の議員が集結し、全会一致で非常戒厳の解除要求決議を可決。これに応じるように尹大統領は4日午前4時半ごろ、非常戒厳を解除し、軍も撤収した。 非常戒厳は戦時下などの非常事態に発令され、国民の権利を制限する措置で、1987年の民主化後は初めてだ。背景には野党多数の国会で政権運営が行き詰まった尹大統領の焦りがあると見られている。 だが、民主主義国家で野党多数という政治情勢が、大統領の「独裁」を許容するほどの非常事態であるはずがない。そもそも戒厳令で政局を打開しようとする発想自体が幼稚だ。尹大統領の暴走が、国民や野党の激しい抵抗に遭って挫折したのも当然である。 韓国は民主主義陣営の一員として、アジアで日米と共に中国、ロシア、北朝鮮の脅威に対抗する砦(とりで)とみなされてきた。 その国で大統領自らが民主主義を脅かす賭けに出たのは、独裁国家に対する利敵行為にも等しい。 90年代の旧ソ連崩壊と冷戦終結は、国際社会では民主主義の勝利と受け止められた。日本でも、民主主義の正当性に対する信念は当たり前のように広く国民に浸透している。 だが現実の世界を見ると、この30年はむしろ、独裁国家の復権と民主主義の弱体化が進んだ歳月だった。 巨大な独裁国家の中国がアジアの超大国として台頭し、近隣諸国の領土領海を実力で併呑しようとする動きを見せ始めた。 旧ソ連崩壊直後には民主主義の道を歩み始めたかのように見えたロシアは、今や周辺国への侵略を辞さない強権国家に逆戻りした。北朝鮮でも金一族の独裁と核・ミサイル開発に終わりが見えない。 韓国で起きた先祖返りのような戒厳令騒動は、世界で民主主義が外からも内からも攻撃され、動揺している現状を浮き彫りにした。 韓国の国会周辺では非常戒厳に危機感を抱いた一般市民が集まり、国会に突入する兵士を阻止しようとしたという。民衆の力が何とか民主主義の危機を救ったのかも知れない。有権者である国民が、常に「民主主義を守る」意識を持ち続けることの大切さを改めて示している。 この騒動で尹大統領の政権運営は一層厳しくなった。仮に近い将来、韓国で政権交代が起こり、再び反日を掲げる大統領が誕生すれば、日韓関係はまた厳しい局面に陥る。 来月発足する米トランプ政権の対応次第では、日米韓の連携に致命的な亀裂が生じ、アジアにおける中国の覇権拡大に有利な情勢となる。それは尖閣諸島周辺や台湾での「有事」のリスクを高めるだろう。沖縄も他人ごとではない。