放射性物質にむしばまれ、がんになっても補償もない 「日本初の薬害」はなぜ教訓を残し未来を変えられなかったのか
連載〈埋もれた「薬害」トロトラスト被ばく〉識者に聞く㊤ 桃山学院大准教授、本郷正武さん
かつて旧陸海軍病院などで使われた放射性物質を含む造影剤トロトラスト。内部被ばくによるがんなどで多くの犠牲者を出したにもかかわらず、女性を含む多数の患者が国の支援から漏れていた可能性が信濃毎日新聞の取材で浮上している。遺族や医療関係者は経過の検証や記録を求めているが、国は「確認は困難」などとして及び腰だ。「国内初の薬害」との指摘もある健康被害を今、どう捉えるべきなのか―。社会学や歴史学、病理学の専門家に聞いた。 【画像】造影剤「トロトラスト」被害の経緯
「トロトラストの被害は薬害」桃山学院大准教授の本郷正武さん
「薬害」とは医薬品などによる健康面の被害だけでなく、生活全般に及ぶ被害のことを言う。仕事ができなくなって経済的に困窮したり、親から勘当されるなど家庭や職場、学校での人間関係が壊れたりすることもある。 こうした薬害の概念が定着した現在の視点からトロトラストによる被害を振り返ると、十分に薬害と言える。まず、内部被ばくでがんを発症するなどの健康被害があった。がんになれば仕事を辞めることもあっただろうし、看病する周りの人も影響を受けた。生活全般への被害があったと考えられる。 決定的なのは傷痍(しょうい)軍人に恩給が増額された一方で、国の支援を受けられなかった一般の人がいたとみられることだ。一律で補償できなかった理由は分からないが、そこに区別があったとすれば健康被害に上乗せされた別の被害だったと言える。
専門書をひもといても出てこない
日本では、1960年代に広く使われた整腸薬を服用した人が全身のしびれなどに苦しんだ「薬害スモン」などを経て薬害の概念が確立された。ところが30~40年代を中心に旧陸軍病院などで使われたトロトラストは、薬害の専門書をひもといても出てこない。私自身、今年10月18日に薬害の研究者間のメーリングリストで、トロトラストに関する信濃毎日新聞の記事が共有され、初めてトロトラストを知った。 もしこれまでにトロトラストの問題がもっと大きく取り上げられ、十分な検証が行われていれば、後に続く薬害の歴史には違う未来があったかもしれない。被害をゼロにはできないにしても、後の薬害をより小さく抑えられる教訓を残すことがなぜできなかったのだろうか。 そういう意味でトロトラストを現代の視点で見つめ直すと、これまでと違う見え方ができる可能性がある。糸口として考えられるのが、傷痍軍人の患者を支援するため、トロトラストが沈着しているかどうかを判定した国の「トロトラスト沈着者健康管理委員会」(1979~2017年)の議事録や報告書だ。国は、歴史資料として開示できるものは開示してほしい。