戦場カメラマン久保田弘信が子どもの笑顔を撮る理由
時には言葉で、時には目線や身振り手振りで子どもたちに話しかける。英語は基本だが、必ず現地の簡単な言葉を覚えて行く。アフガニスタンだとアッファリン。マレーシアだとバグース。「しかし、あまり仲良くなってしまうと、自然な、いつもの子どもたちを撮影できません」。 撮影した写真を見ていくうちに、同じ笑顔なのに国によってその雰囲気が違うことに気づいた。アジアや中東といった地域、異なる人種、異なる民族の子どもたちの表情は、国情によって異なるのだと。「アフガニスタンの子供の笑顔はドライで、バングラデシュの子供の笑顔はウエットな感じがします」。そう言われると、確かに微妙な差を読み取れるような気がする。 「その国の気候が人に与える影響は大きいかもしれません。バングラデシュでは最下層の人でも飢え死にすることは稀です。亜熱帯の気候がもたらす自然の食物だけでも生きていけるからです。一方、アフガニスタンはドライで、一度経済活動の外にはぐれ出てしまうと死がとても近い。同じように貧しくても死を意識していきているか、そうでないかで笑顔の質も違ってくるように思えます」 私たち日本人から見れば逆境に生きる子どもたちなのに、災いのなかにあっても、子どもたちは笑顔を見せてくれる。子どもが持っている好奇心や恥じらいが、純粋に表情になって表れてくる。「世界中どの国に行っても貧しくても笑顔が出て来る、その一方でどうしても笑顔になれない子どもがいるのも事実です。ヨルダンのザータリ難民キャンプにいたシリアの子供は最後まで笑顔を見せてくれませんでした」。
私たち日本人から見れば逆境に生きる子どもたちなのに、災いのなかにあっても、子どもたちは笑顔を見せてくれる。子どもが持っている好奇心や恥じらいが、純粋に表情になって表れてくる。「世界中どの国に行っても貧しくても笑顔が出て来る、その一方でどうしても笑顔になれない子どもがいるのも事実です。ヨルダンのザータリ難民キャンプにいたシリアの子供は最後まで笑顔を見せてくれませんでした」。