奈良弁訳の万葉集大ヒット 1300年前の歌人がしゃべる若者言葉
古典を大胆に現代語訳した3部作「令和言葉・奈良弁で訳した万葉集」(万葉社)が大ヒットしている。著者の作家、佐々木良さん(40)=京都市=がこだわったのは、1300年前の歌人に現代の10代が使う方言をしゃべらせること。京阪神に比べ印象が薄いとされる、奈良の若者の素顔を全国発信する効果も生んでいる。 【写真】万葉集1番飾る雄略天皇の歌碑 若者言葉だと「名前も知りたいわぁ教えてよ」 「恋の悩みを/ウーバーイーツのおじさんに/相談しよう思てんのに/いつまで待ってもきーひん」(第3巻「式部だきしめて」より)。万葉集2543番の作者不詳歌は、現代の奈良女性の切ない恋歌に大変身。「きーひん(来ない)」は奈良弁で、大阪弁だと「こーへん」。大阪市出身の佐々木さんだから分かる微妙な違いだ。 3部作は各1000円。第1巻「愛するよりも愛されたい」は2022年10月出版。第2巻「太子の少年」(23年7月刊)、第3巻(24年2月刊)を経て計約26万部発行の大ヒットになった。訳というより、元歌の大意を生かした創作といえる作品だが、若者言葉は調査に基づいている。 「ユーミン流の調査をしました」と佐々木さん。シンガー・ソングライターの松任谷由実さんが、深夜のファミリーレストランで若者の会話に聞き耳を立てて作詞したとされる逸話をまねた。奈良市の平城宮跡近くの商業施設で、地元の高校生らの日常会話にこっそり耳を傾けたのだ。 「奈良で詠まれた歌を東京弁で現代語訳するのはおかしい。ただ執筆にあたり奈良弁をちゃんと調べる必要があるとも思いました。奈良に住んだこともなく、昔は『初老』とされた40歳の私も、この方法で古都の若者像が感じ取れました」。一般的な方言研究は高齢者の聞き取り調査で行うため、若者の会話を調べた例は珍しい。 著作のヒットで佐々木さんは奈良が大好きになった。「京阪神にコンプレックスを持つ人が多い感じがする。古代の都・平城京を身近に感じて誇りを持ってほしい」と奈良の若者にエールを送っている。【皆木成実】 ◇不倫、心変わり…教科書に載らない歌も 万葉集の恋歌といえば、教科書に載るのは上品な歌ばかり。ところが佐々木さんの3部作ではより率直な作品も多く並ぶ。 万葉集編さん者、大伴家持(おおとものやかもち)も、今の奈良の若者と同じ「恋する男性」に変貌する。「女優とかモデルとか女子アナとか/いろんな女の子と遊んでるけど/ほんまに愛してんのは君だけやで姫」(第1巻より。万葉集691番歌訳)は女性に甘い言葉で語りかける。 年上に贈ったほほえましい歌も。「君が100才のおばあちゃんになって/舌ベロ~ン腰グッニャ~/ってなってても/今よりもっと好っきゃで」(第2巻より。764番歌訳)。 その家持も要職に任じられると、部下の不倫をいさめる。「浮気相手とはそんときだけの関係やんか!/長年つれそった奥さんのほうが大事やろ?/おい!あほ!目ぇさませ!」(第3巻より。4109番歌訳) 女性歌人、大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)は心変わりの恋人を怒る。「最初はあんたが/しつこくナンパしてきたんやんか/はにゃ?/なんでうちがフラれてるにゃ?」(第1巻より。620番歌訳) 万葉集1番を飾る雄略天皇の求愛の歌も、軽やかな訳で新たな魅力を帯びている。「ねぇねぇそこの山菜摘みのお嬢ちゃん!(中略)おうちはどこなん?名前も知りたいわぁ教えてよ」(第1巻より)。