「ダークナイト」トリロジーから『インセプション』、『オッペンハイマー』へ!クリストファー・ノーランとのコラボで振り返るキリアン・マーフィーの歩み
クリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』が3月29日(金)に公開される。原子爆弾の開発チームを率いた物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーの葛藤を描いた本作で、主人公を演じたのが英国の俳優キリアン・マーフィーだ。実在の人物を演じた本作で、彼は肉体改造を含む徹底した役作りで撮影に臨み、すでに多くの映画賞でノミネート、受賞を果たしている。独特の青い瞳の持ち主で、ノーラン作品の常連として個性的なキャラをクターを何度も演じてきたマーフィーの軌跡を振り返ってみたい。 【写真を見る】『オッペンハイマー』でライバルを演じたキリアン・マーフィーとロバート・ダウニー・Jr. ■ダニー・ボイル監督作『28日後...』で世界的にブレイク マーフィーは1976年、アイルランド生まれ。大学では法律を専攻したが芝居に打ち込み中退。舞台を中心に活躍し、やがて映画に活動の場を広げていった。インディーズ映画に出演していたマーフィーはダニー・ボイルの目に留まり、彼の監督作の主役に抜擢される。異色のゾンビ系映画『28日後...』(02)だ。人間を凶暴にする感染症が蔓延した世界を描いたこの作品は、4人の男女が旅をしながら一つの家族になっていく姿を描いたロードムービー。マーフィーは、頼りなさげな青年ジムが、様々な苦難を乗り越えて家長へと成長していく様を熱演した。ナオミ・ハリス、ブレンダン・グリーソン共演の本作は、英米をはじめ各国で高い評価を獲得。マーフィーはその名を広く知らしめた。ボイルはその後も、真田広之、ミシェル・ヨー、クリス・エヴァンスほか国際スター共演のSF大作『サンシャイン2057』(07)でもマーフィーを主役に起用している。 ■ヴィランのスケアクロウ役で「ダークナイト」トリロジー全作に出演 『28日後...』を皮切りに、コリン・ファース、スカーレット・ヨハンソン共演の『真珠の耳飾りの少女』(03)、ジュード・ロウ、ニコール・キッドマンほかオールスターキャストの『コールド マウンテン』(04)などメジャー作品に出演したマーフィーは、『バットマン ビギンズ』(05)でノーランと運命的な出会いを果たす。『フォロウィング』(98)や『メメント』(00)など初期作品からノーランに心酔していたというマーフィーは、バットマンことブルース・ウェインを演じるためオーディションに挑戦。残念ながら主役はクリスチャン・ベールに決まったが、マーフィーのミステリアスな雰囲気に魅せられたノーランは彼をスケアクロウ役で起用した。 スケアクロウことジョナサン・クレインは精神科医という表の顔に隠れ、相手に恐怖を植えつける幻覚剤を操るスーパーヴィラン。マーフィーはインテリジェンスと狂気が同居した「なんだか怖い」キャラクターをリアルに演じノーランの期待に見事応えた。スケアクロウはその名の通り、案山子マスクがトレードマークだが、ノーランは多くのシーンを素顔のままで演じさせ観客にマーフィーを印象づけた。その後もスケアクロウは『ダークナイト』(08)では幻覚剤ドラッグを売りさばき、『ダークナイト ライジング』(12)では囚人が占拠したゴッサムで裁判長を務めるなどワンポイントで登場。「ダークナイト」トリロジー全作に出演した唯一のスーパーヴィランとなった。 ■『インセプション』で父親への劣等感を抱える御曹司役を好演 『ダークナイト』を完成させたノーランは、相手の潜在意識に潜入し情報を操作するスパイチームの物語『インセプション』(10)に着手する。ここでマーフィーが演じたのは、チームリーダーのコブ(レオナルド・ディカプリオ)らがターゲットにするエネルギー企業の御曹司ロバート・フィッシャー。コブたちは、世界のエネルギーを牛耳ろうとする彼らをくい止めようと画策する。ロバートは父の病死により繰り上げ式にトップになった二代目で、厳格な父親に劣等感を抱いてきた。亡き妻への思いを引きずるコブと共に本作の感情面のキーマンで、マーフィーは不安定なロバートを好演し重責を果たした。劇中でロバートが幼少期に父と一緒に写った写真が出てくるが、若き日の父親もメイクをしたマーフィーが演じている。なお本作の制作中、ノーランは闘病中だった父との死別という不幸に見舞われた。偶然ながらマーフィーは、ノーランの実体験を役で演じることになったのだ。 すっかりノーラン組の一員になったマーフィーは、監督作だけでなくノーランのプロデュース作『トランセンデンス』(14)にも出演した。本作は「ダークナイト」トリロジーや『インセプション』の撮影監督、ウォーリー・フィスターの初監督作で、マーフィーが演じたのはFBI捜査官ブキャナン。モーガン・フリーマン演じるタガーとコンビを組み、ジョニー・デップ扮する天才科学者ウィルの意識をインプットしたAIと対峙する役柄で、任務のためなら手段を選ばない冷徹なキャラクターはマーフィーにとっても十八番だった。 ■リアリティあふれる演技でサスペンスを盛り上げた『ダンケルク』 1940年、ドイツ軍の猛攻にさらされたダンケルクからの連合軍兵士の救出作戦を描いた『ダンケルク』(17)は、ノーランが初めて史実を題材にした作品だ。本作でマーフィーが演じたのは、ダンケルクからの帰還途中にUボートの攻撃で沈没しかけた船の生存者。ダンケルクに向かう民間のプレジャーボートに救出されるが、船の行き先を知ると英国に進路を変えるよう船長に迫る。PTSDを発症し悲劇を巻き起こす、ある意味最も怖いキャラクターで、マーフィーのリアルな演技がサスペンスを盛り上げた。 この作品に先立つ2013年、マーフィーは英国のテレビドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」に製作総指揮を兼ね主演している。19世紀に実在したギャング団を題材にした本作は2022年まで続く人気作になったが、マーフィーが演じたトミーは第一次世界大戦でPTSDになったギャング。その役作りが『ダンケルク』に生かされたという。 ■天才科学者の栄光と苦悩、没落までを演じきった『オッペンハイマー』 『プルートで朝食を』(05)では母への強い思いから性同一性障害となった青年、『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』(16)ではナチス要人をねらう暗殺者、『フリー・ファイヤー』(16)ではひたすら銃を撃ちまくるギャングなどクセモノキャラを演じてきたマーフィーが、ノーランとの6度目のコラボとなる『オッペンハイマー』でついに主演を果たす。 ノーランから電話を受けすぐに快諾したというマーフィーは、体重を大きく落とし、あらゆる映像資料に目を通して役作りに没頭。しぐさやアクセントまでマスターし、青年、中年、晩年期のオッペンハイマーを熱演した。『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(21)でも共演した妻キャサリン役のエミリー・ブラントとのコンビネーションも素晴らしく、多くの映画賞にノミネート。すでに発表されたゴールデン・グローブ賞、全米映画俳優組合、英国アカデミー賞などで主演男優賞を受賞している。 映画デビューから約25年、俳優として大きな節目となる作品と出会ったマーフィー。本命である第96回アカデミー賞は、いよいよ日本時間3月11日(月)に授賞式が行われる。主演男優賞のほか、作品賞や監督賞など13部門に名を連ねた本年度最多ノミネートとなった本作で、マーフィーはオスカーを手にするのか、その行方に注目したい。 文/神武団四郎
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