監督×カメラマン×カラリストが語り尽くす!『ゴジラ-1.0/C』の“モノクロ”に凝縮されたこだわりを徹底解剖
昨年から大ヒットが続き、第96回アカデミー賞の視覚効果賞に日本映画として初めてノミネートされ、再度脚光を浴びているゴジラ70周年記念作品『ゴジラ-1.0』。現在オリジナルのカラー版に加え、モノクロ版『ゴジラ-1.0/C (ゴジラマイナスワン/マイナスカラー)』も公開中だ。リアルな質感で、カラー版以上の迫力と話題を呼んでいる『ゴジラ-1.0/C』はどのように生まれたのか。そこでMOVIE WALKER PRESSでは山崎貴監督、撮影の柴崎幸三、カラーグレーディング(色彩を調整してシーンの雰囲気や表現を変える技術)を担当したARTONE FILMの石山将弘の三者による鼎談を実施。モノクロ版に込めた想いや複雑な作業の裏側を語ってもらった。 【写真を見る】マニアックなこだわりが詰まった『ゴジラ-1.0/C』。モノクロへの変換過程のスチールもたっぷり紹介! ■「現代で作るモノクロ映画はどうあるべきかを追求したかった」(山崎) ――『ゴジラ-1.0/C』の制作にいたったいきさつをお聞かせください。 山崎「公開前に庵野秀明監督と映画館で対談することになり、その時の上映用に『シン・ゴジラ:オルソ』を作る話が出たころですね。昭和が舞台の『ゴジラ-1.0』もモノクロにピッタリだからやりませんか?という話が出て、いいですねと。庵野さんと対談した時「白黒やったほうがいいんじゃないですか?」って言われたんですけど、実はその時にはプロジェクトとして動いてました」 ――どのようなイメージでモノクロ化に臨んだのでしょうか? 山崎「やっぱり僕は初代がすごく好きなので、あの空気感が出るといいなと思いました。ただし、傷やノイズを入れて古い感じにするのは違うなと思っていて、高品位なカメラで撮ったいまの時代に作るモノクロ映画はどうあるべきかを追求したいという想いはありました。モノクロにこだわる写真家たちの作品のような、そんな感じなればいいなと」 柴崎「最初に話を聞いた時はおもしろいと思いつつ、実は相反する2つの想いがあったんです。ひとつは『シン・ゴジラ』みたいに現代が舞台だと、モノクロにすることで街に散らばった余計な色が排除されて集中しやすくなる。でも『ゴジラ-1.0』はそもそも色がコントロールされているので、カラーでも邪魔な色がないのに…というネガティブな想い。もうひとつは、モノクロにすれば一層その時代感がアップするというポジティブな想い。結果的には時代感マシマシで、リアルになって成功だったと思います」 ■「どこを抜き出しても1枚絵として成立するくらいのクオリティに」(石山) ――石山さんはカラー版でもグレーディングを担当されていますね。 石山「もともとカラー版はゴジラを体感させることを目標にしていましたが、モノクロにするならその部分を倍増させたいなという想いはありました。山崎さんや柴崎さんとの打ち合わせのなかで強く印象に残っているのが、ライカで撮ったモノクロームの写真を見せられたことです。モノクロなので光と影だけなんですが、暗いところは落ちてもいちばんよいところがちゃんと写っていればいい。周辺減光を含め、そういう画の切り取り方なんだなと。通常グレーディングしていく時は、一番よいシーンでマスターショットを決め、ほかのショットをマッチングさせてクオリティを上げていくんです。でも今回に関しては、どこを抜き出しても1枚絵として成立するくらいのクオリティで約1200カットやっていきました」 ――撮影された柴崎さんから観て、モノクロ化のポイントはどんな点になるのでしょうか? 柴崎「現場の人間としては、カラーと白黒のライティングは別ものだと思ってます。最近のカラーのライティングは、ライトを意識させないナチュラルが多数派じゃないですか。『天国の日々』とか『レヴェナント: 蘇えりし者』はライトの存在を感じさせない自然光ばかり。そういうカラーのライティングをそのまま白黒にするのは難しいと思うんです。たとえば『レヴェナント』みたいに森が舞台だと、白黒にしたら顔と背景が同化しちゃうんじゃないかって。『ゴジラ-1.0』はカラーとしてライティングしているので、そのままフラットに色を抜いただけだと、メリハリというか力がないんですね。そこをグレーディングで質感も含めてかなり作っていってもらいました」 石山「カラーの映像を単純に彩度だけでコントロールして色を抜いてくのでは立体感が出せないため、彩度を抜きつつRGB(赤、緑、青の3原色による色の表現法)のチャンネルを分離させ、人の肌(R)以外の輝度を落としてコントラストをつけていったんです。さらに人の肌だけマット作成し、質感と濃淡を出す作業を細かくしていきました」 柴崎「そうすることで肌の艶感が出るんですね。よく色が引っ張り上げられてるなと思います」 石山「引っ張り上げることで空気感が加わるというか、人物との距離感がぐっと近くなる感じがするんですよね。海に関しては青の輝度を落として、海を黒くしています。弊社のオリジナルのプラグインなどを混ぜて作ったカーブデータを当てたんですが、そのままでは人の顔より白い服が目立つこともあり人物に目が行きにくいため、服を部分的に落として顔を上げる作業をカットごとにやっていった感じです」 ■「『ゴジラ-1.0』は、海や空が濃いグレーに落ちたほうがいい」(柴崎) 柴崎「最初に『シン・ゴジラ:オルソ』を見せてもらったんですが、これは赤に感光しないフィルム(オルソクロマチックフィルム)を参考にした計算式だと思うので赤が濃いグレーになっていると思います。でも『ゴジラ-1.0』は海や空が明るいグレーではなく、濃いグレーに落ちたほうがいいんですね。オルソとは違う計算式を考えてもらわないとな、と思っていたら石山さんはそれをわかっていて、すでに違う計算式を考えていたという(笑)」 石山「簡単に言うとオルソはRの輝度を落とすんですが、自分らはRの輝度はちょっと上げて、GとBの輝度を落としています。要は人肌以外が落ちるんです。カットのスタートポイントで役者に目が行くように考えて、でも肌が明るくなりすぎたところはコントラストを付けながら輝度を落とし、質感を出していくという方法を取りました」 柴崎「ベースの計算式のままでもかなりよかったと思いますが、そこからさらにシーンごと、カットごとに調整していくという。さらに石山さんは目だけマスクをかけて調整したりもしてましたね」 石山「目はすごく大事なんです。顔のマスクを切るとか顔の半分だけマスク切るとか、トラッキングやマット作成の作業は僕1人では到底できないので、社内で分業にして画づくりをしていきました」 山崎「カットの中でもまた顔だけで、さらに動いてますから。1秒に24枚全フレームに対してマスクを作っていくという、機械を使うにしても気の遠くなる作業ですね」 ■「『シンドラーのリスト』はすごく参考になりました」(石山) ――作業するにあたって参考にしたモノクロ映画などはありましたか? 柴崎「参考のために『シンドラーのリスト』と『ROMA/ローマ』を見直したところ、同じ白黒でも照明のアプローチが全然違っていたんですよ。『シンドラーのリスト』は野外の自然光のシーンはドキュメントな感じですが、室内シーンは『市民ケーン』などクラシック映画に近い、ストレートに強い光を当てるライティングなんです。いっぽう『ROMA/ローマ』は人工的な光を感じさせないナチュラル系。絞りを開いて明るくすることで成立させているんですね。個人的には『シンドラーのリスト』が好きですけど(笑)」 石山「僕も同じで、『シンドラーのリスト』はすごく参考になりました。現代風の高画質で上がっている『ROMA/ローマ』や『Mank/マンク』も観ましたが、雰囲気よりも締まるとこは締まって、見えないところは見えなくていいという古典的なスタイルのほうがブロックバスターらしいメジャー感が出せると思いました」 山崎「今回の『ゴジラ-1.0/C』に関しては、業界標準となっているカラーマネジメントシステムのAcademy Color Encoding System(以下「ACES」)という色空間上で作業をしていたことも大きかったと思います。撮影データをACESに入れ作業をするんですが、情報量が大きくダイナミックレンジも広いので、白く飛びそうな強い光から真っ暗なところまで色がきちんと出せるんです。それがモノクロにも役立ったという」 石山「もともと白組さんは10年くらい前から導入していて、『ゴーストブック おばけずかん』で初めてご一緒した時も、ACESは使いやすいというお話は聞いていました。情報量があるので、映像の立体感とか臨場感が一気に出てくる。いちばんわかりやすいのが火の質感ですね」 山崎「火はだいたい白い塊になってしまうんですが、ACESだと全部ディテールがあるので燃え上がってるのが見えるんですよ。真っ黒から真っ白まで全部表現できるという高級フォーマットです(笑)。モノクロ化にあたって石山さんがかなりいじってくれましたが、ACESじゃなかったら破綻したと思います」 ■「誰も気づかないと思いますが、映写機的な微妙な揺れを入れています」(柴崎) ――色味のほかに隠し味的な効果を加えることもあるのでしょうか? 石山「ビネットと言われる、周辺減光を全カットに入れてます。山崎さんから周辺を落として雰囲気をつけたいというオーダーがあったので、よく見ると画面の端はグラデになって落ちていってます。あとフィルムグレイン(粒子)も入れました。デジタルで再現する粒子は少し強めでもいいとおっしゃっていたので、4パターンくらい粒子を作って最終的に柴崎さんに選んでもらいました」 山崎「粒子で少し時代感を乗せたかったんですね。傷までやると意図的になりすぎますが、グレインだったら潜在意識で感じてくれるかな、ということで」 柴崎「あと誰も気づかないと思いますけど、フィルムの映写機的な微妙な揺れ」 山崎「揺れ入れてるんですか?監督が知らなかったという(笑)」 柴崎「タイトルで字が入ってるところでわかるかどうかというくらいですけどね。噂によるとジブリ作品もやってるとか。本当かどうかはわかりませんが、フィルムの映写機で育った人間にとってはピタッと止まるデジタルはどうしても違和感あるんですよ」 石山「気づかれるほど入れるとわざとらしいので、潜在的に気持ちよさが残るくらいに揺らしました」 ■「自分の映画を新鮮な気持ちで観るという、なかなか得られない体験ができた」(山崎) ――完成した『ゴジラ-1.0/C』を観て、また作業を終えての感想をお聞かせください。 山崎「最初に観た時、自分が撮った映画じゃないように感じたんですよ。映画作りは作業中に何回も本編映像を観るので完成するころには見慣れているんですが、観たことない画が次々と出てくるのが新鮮で。自分の映画を新鮮な気持ちで観るという、なかなか得られない体験ができたのは良かったですね。特に大戸島のゴジラの襲撃がこんなに怖いんだ、とあらためて感じました。機銃を撃てなかった敷島(神木隆之介)に、そりゃ撃てないだろうなと初めて同情したという(笑)」 柴崎「カラーのライティングで撮っても、ここまで白黒として完成度を上げられるということですね。そういう意味では、カラーの時のグレーディング以上にやり切った感はあります。僕としては、焼け野原のシーンや浩さん(神木)と典子(浜辺美波)が出会う闇市、飲み屋で男4人で話してる所とか、最初の作戦会議のシーンが白黒とよい感じでマッチして好きですね」 石山「色を白と黒だけにすることで、目から入る情報量がシンプルになりました。人物のデティールが増したことにより、演技の印象を強める効果が生まれたと思います。理屈ではなくシンプルに、映画を見ている方が本能的に恐怖や感動を感じるものを目指して作っていたので、その体感ができるものとなっていると実感しました。またモノクロ映像の関わりの少ない世代にもよりリアルでわかりやすい臨場感を届けられると思いました。」 山崎「今回あらためて感じたのが、色情報がないことで逆に音がよく聞こえるようになったこと。色に使っていた脳のリソースを耳に割いたのかもしれませんね。カラーだと聞こえなかった音が聞こえるようになってきたって話も聞きますし、そういう点でもカラー版とは違う体験をしてもらえると思います」 取材・文/神武団四郎