【阪神】育成3年目の伊藤稜「思考は現実化する」岩貞祐太、高橋遥人の後押し受け公式戦初登板へ
<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム> 「面白くないけれど、それをやんないと投げられないし。やるしかないな」。ドラフト指名後の2年間は左肩痛に悩まされながら、復帰を目指し現在リハビリ中で今季、公式戦での登板を熱望する男がいる。 阪神に21年育成ドラフト1位で入団した3年目左腕の伊藤稜投手(24)だ。 中京大中京(愛知)3年夏にの一員として中日鵜飼航丞やヤクルト沢井廉らと甲子園に出場。初戦で同年広島にドラフト1位入団する中村奨成がいた広陵(広島)戦の3番手で4万7千人の観客が集った聖地のマウンドへ。だが2回1/3で8安打7失点と散々で「打たれすぎていて、覚えていない」と苦笑した。 中京大に進学すると、1年から投手陣の一角を担い、4年には最速150キロをマークするまでになった。 21年に晴れて阪神に入団。だが野球人生最大のピンチはプロ入り1年目に訪れた。「ずっと痛くて投げられなかった」。22年春の1年目に感じた左肩の痛み。夏場には、ブルペンで捕手を座らせた投球ができたが、シーズン終盤まで痛みは引かなかった。「試合で投げられるまでには、いかなかった。投げられないこと、それが一番つらい」。 2年目の23年はリハビリに励み、できることを増やしつつトレーナーとともに決まったメニューと向き合った。「なんて言うんだろう。面白くないけれど、それをやんないと投げられないし。やるしかないな」。 忍耐を強いられても、前向きな気持ちを盾にした。プロの1、2年目通じて毎年2月の春季キャンプ以外、遠征経験はない。寮で過ごす時間の気晴らしは、画面越しに味わうアメリカのプロバスケットボール、NBA観戦だった。試合配信サイトの会員になり熱心に追う。「趣味はバスケ観戦って言えるぐらい。その時間が、いろんなことを忘れられる」。 鳴尾浜での2軍主催試合開催時、バックネット後方から2年間、試合を見つめてきた。これも新人教育の一環。スコアラー的な役割も兼ね、選手やマネジャーが目を通す「チャート」と呼ばれる試合記録を2年間つづってきた。「チャート室でほぼ毎日やっていて、iPadに球速もコースも出るから難しくないよ」と屈託なく笑った。 リハビリ同様、集中力を要する地道な作業。目に映るのは、ユニホームに袖を通し、打って投げて躍動する仲間の姿だ。そこに気を取られずにリハビリに打ち込めたのは、先輩左腕の高橋遥人の存在だった。痛みに悩まされ、一番苦しかった1年目の冬にエールを送られた。「ダメだなって気持ちだったけど、遥人さんから『一番下だから戻るしかないから頑張ろう』って」。 高橋は「稜はポジティブですね。意識は高くて質もある。みんながやっていないような練習もしている。そういうのは参考にしている。ケガして走ってばかりでも、自分も走る意識はあいつを見て変わったんで」と手本にしていることを明かす。 昨季の1軍はリーグ制覇と日本一を達成。にぎやかな盛り上がりの裏で、燃える思いがあった。「自分は何もできていない。優勝するのはうれしいけど、自分のことを考えたらダメなシーズンだった」。 痛みと闘った1年目、リハビリにあてた2年目。それでも頑張れた原動力があった。「今まで支えてもらった人たちに、また甲子園で投げている姿を見てもらいたい」。 “プロ初登板”は2年目オフのファン感謝デーのイベントで訪れた。球場に到着すると、先輩左腕・岩崎優から「今日投げるからな」と突然告げられた。「本当の試合じゃないから構えようとはしないけど、久々に緊張した」。甲子園のマウンドはほろ苦い経験をした高3の夏以来。両親には登板を知らせていなかったものの、観客席から見届けてくれた。「今はただただじっくりやるのみ」。 3年目の今春、4月18日に22年夏以来となる捕手を座らせた状態でのブルペン投球を再開した。 直近では、岩貞祐太から金言を授かった。左腕特有のテイクバック動作に違和感を抱いていた。偶然にも岩貞は過去に同じ悩みをもっていた。「僕も以前自分で調べたときに、左ピッチャー独特のテイクバックがあることを知って。そういう風にやったら? と話しました。自分が右投手の人に教えてもらうテイクバックは、どうしても肩に痛みが走っていて。いろんな左ピッチャーの動画を見て、統一してその投げ方で。もしかしたら骨格的にも左はこういう投げ方しかないのかな?というのを学んで僕自身はそれ実戦してやっていて、肩の故障はなくやっている」。 続けてエールを送った。「まだ1回も投げていないのに一生懸命練習していますし、甲子園の舞台で投げるためには、もっと精度を上げていかないといけない。ユニホームを着ている間に何か一つつかんで支配下へみんなでやっていきたいし、伊藤にも伝えたい」。 翌19日に伊藤稜は「今日はキャッチボールでテイクバックがいい感じ。次の投球につながってよくなると思う」。そう話し、小さな声で、「ありがたい」とつぶやいた。 実戦登板の目標時期について「夏よりは早く投げたい」と5、6月を想定中。「着実に前進はしているから」と言葉を残した。3年目を迎えるにあたり、高校の同期には「今年が勝負」と明かしていた。 好きな言葉は「思考は現実化する」。学生時代から掲げるこの言葉を胸に、公式戦デビューできる日を信じて、鍛錬を続ける。【アマチュア野球担当、遊軍=中島麗】