ウクライナの恋人たちのあいだでブームの「前線デート」
戦争が長引きロシア軍がウクライナへの侵攻を進めるなか、兵士たちは愛する家族のもとに帰るという希望をほとんど持たずに戦っている。そこで、ウクライナの女性たちは恋人や夫に会うため、電車や車で何時間もかけて危険な前線近辺へと赴く旅に出る。子供連れの姿も珍しくない。 【画像】わずかな癒しのひとときを楽しむウクライナのカップルたち 彼女たちはハルキウのような、自分たちが住んでいる場所よりも危険な場所にまで足を運ぶこともある。戦線に近く兵士が多いハルキウは、「前線デート」のホットスポットになっているのだ。駅には、花屋が2軒ある。その主な顧客は兵士だ。 ジャーナリストのカテリーナ・カプースチン(32)は、9歳の息子ヤロスラフを連れて、夫のイホル・カプースチン(34)がいる最前線の村で休暇を過ごした。かつて整備士だったイホルは、現在ロシア軍と対峙する危険な場所から壊れた車両を撤去する作業をしているという。カテリーナは、米「ニューヨーク・タイムズ」紙に「息子とイホルは私のすべて」だと語る。そして、定期的に前線へ夫を訪ねるようになる前は「お互いの不在に慣れ過ぎていたように思う」と話す。
「ほかに方法がなかった」
一方、キエフ出身の声優、ユリア・フラボフスカ(35)は、夫のウォロディミル・フラボフスキーが出征したとき、妊娠4ヵ月を迎えていた。彼女が前線近くにいる夫のもとを訪れると、2人はたいてい家にこもり、ベッドに横になったり、一緒に映画を観たりする。そしてときどき、彼女は彼の好きなバナナパンケーキを作る。 ユリアが演劇学校の教師だった頃、ウォロディミルと友人になった。だが、2022年2月にロシアがウクライナに全面侵攻するまで、恋愛関係になろうと思ったことはなかった。そして3月中旬、ウクライナ東部ポルタヴァ地方にある彼女の村セメニフカに隣接する高速道路をロシアの戦車が轟音を立てて通り過ぎていったとき、彼女は彼の手を取った。 「そのときこう思ったんです。神さま、どうか私たちを生き延びさせてください。そうなれば、私は彼にキスをします」 2人は生き延び、キスをし、それ以来交際を続けている。夫が戦線に送られるという知らせを受け取ったのは、彼女が妊娠した直後だった。 「とても辛い日々でした。赤ちゃんが父親なしで育つのを想像すると怖かった」 しかしその後、ほかの女性たちも同じような経験をしていることに気づいたという。 「ほかの女性たちはどうにかやっている。だから、私にもできる。同じ境遇の人たちがたくさんいるんだから、って」 しかし、パートナーと束の間の時間を過ごすためだけに、自分だけでなく子供の命までも危険に晒す必要は本当にあるのだろうか? 臨床心理士のアリーナ・オツェムコの場合は、夫のワシル・オツェムコを1年半のあいだに9回訪ねたという。彼女はいつも息子を一緒に連れて行った。そして2024年6月、夫は戦死した。アリーナは、この旅のおかげで4歳の息子は父親のことを覚えているのだと、ニューヨーク・タイムズに語っている。 「いまは、自分が正しいことをしたのだと理解しています。止めさせようとする人の言うことを聞かなくてよかった。息子に父親の記憶を残すためには、そうするほかなかったのです」
COURRiER Japon